新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

死者常食族ウェンドルの正体

 1976年発表の本書は、以前「アンドロメダ病原体」や「5人のカルテ」を紹介した才人マイクル・クライトンの第7作にあたる。上記2作は医師ならではの作品なのだが、進化論や歴史にも知見を持つ作者は、本書のような歴史書に近い作品も遺している。

 

 10世紀、バグダッドのカリフが北へ遣わした使節ヤクート・イブン・ファドランの手記については、多くの研究者の訳本などがある。作者が示している一次資料だけで、

 

・1047年、アフマッド・ツシ手稿(J・H・エマーソン文書)

・1200頃、ヤクート・イブン・アブダラ手稿(地理辞典)

・1580年前後、アミン・ラジ手稿(J・H・エマーソン文書)

・1823年、サンクト・ペテルブルグ手稿(サンクト・ペテルブルグ学士院刊)

 

 の4種類が挙げられている。これらの訳本も多くあり、才人クライトンでなければこれらを読み込もうという気になったかどうかも怪しい。

 

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 カリフの命により北に向かいボルガ河沿いに棲む「北人」と交わったファドランは、その巨人たちとの生活で、

 

・彼らは用を足した後でも手を洗わない。

・生肉を食し、儀礼による措置もしない。

・昼夜を問わず強い酒を浴びる。

 

 と最初は眉を顰める。(アラーよお許しあれ!)

 

 「北人」たちの部族長が死に、若い勇者ブリウィフが後継となった。そこに同族ロスガール国からの使いが来て、死者を常食とする食人族ウェンドルに侵略されていて救援して欲しいという。占いにより自分を含め12名の勇者を集めたブリウィフは、13人目の救援メンバーに異民族たるファドランを指名する。北人の女たちよりも小柄で剣も振るえないファドランだが、占いの結果には逆らえず同行することに。

 

 物語は温暖(時に灼熱)の地しか知らないファドランが、北の豊かだが厳しい自然の大地(恐らくはバルト三国あたりか)を見て驚く。加えてロスガール国での防御戦は彼のそうぞうを絶するものだった。霧の中から襲い来る食人族、さらにツチボタル竜の襲来、ひとりづつ斃れる勇者、そして・・・。

 

 頻繁に脚注(それもすごく長いの)が出てくるこの物語の、どこからがクライトンのフィクションなのかは分からない。恐らく食人族の正体を示す最終章だけはクライトンの創作(それも科学的な裏付けはある)と思うのだが・・・。短い作品でしたが、勉強になりました。作者の才能に拍手です。