これまで「11枚のトランプ」「亜愛一郎の狼狽」などを紹介している泡坂妻夫の、時代小説が本書。「亜智一郎の恐慌」は幕末ものの短編集だったが、本書は安政時代の江戸を舞台にした長編冒険小説だ。
徳川御三家筆頭尾張62万石、その下屋敷が江戸の西北、今でいう大久保・高田・牛込に囲まれたエリアにあったと本書にある。総面積13万坪余り、別名戸山山荘という江戸近郊随一の大庭園だったそうな。尾張徳川家といえば質素倹約で有名な八代将軍吉宗の向こうを張り、華美なことを好んで財政出動をして名古屋城下を栄えさせたという宗春公が有名。いわばケインズ経済やね。
壮大なことが大好きな宗春公、広い下屋敷の中に東海道53次をあしらった町屋や築山、湖などを作ってしまった。その治世から100年後、安政年間の下屋敷で物語は始まる。角兵衛獅子のたか(14歳)と文吉(10歳)は、下屋敷での余興の後、大久保という侍に連れられて下屋敷を巡る。2人は四阿自身を回転させる仕掛けなど、からくりに満ちた屋敷に驚いた。しかしその時屋敷では、お世継ぎ治麻呂君の毒殺事件が起きていた。
10年後小田原宿で再会した2人は、市太郎という不思議な風貌を持った青年を加えて、江戸時代初期に大久保長安が箱根山中に埋めたという100万両の埋蔵金探しを始める。白銀にからくり屋敷を持つ長者、下屋敷に50年以上住み着いているという仙人、元小結だったという刺青だらけの大男、豪商尾張屋の娘など怪しげな人物が交錯する。
五里霧中の中だが、市太郎が持っていたお守りから彼は死をまぬかれた治麻呂君ではないかと分かってくる。しかし治麻呂君が生母おまんの方に逢おうとしたところ、おまんの方は殺されてしまった。物語はベトナムの姫君や南蛮抜荷などグローバルに展開し始めるが、そこに安政の大地震がやってくる。
100万両の埋蔵金の話が徐々にベトナムの秘宝の争奪戦に移っていくあたりが、どうも分かりづらい。随所に出てくる「からくり」は珍しいし、尾張家の派閥による暗闘劇も面白い。しかしそれらが有機的に繋がっているかどうか、読み方が浅いせいかもしれないがよく見えない。
やっぱり作者の本分は短編小説ですかね。30~40ページの中で一度「アッ」と言わせてもらえれば十分でしょう。