新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

金田一耕助の復活

 戦前から「人形佐七シリーズ」などで有名だった横溝正史、戦後に敵性文学として禁止されていたミステリーが解禁されて、金田一耕助という名探偵を世に送り一世を風靡した。不可能興味や怪奇的な雰囲気でジョン・ディクスン・カーに似ていると言われるが、この2点ではカーと互角、明快な解決と言う点でカーを上回ると僕は思う。

 

 しかしさしもの大家も筆が疲れたのか、1964年からは新作を出さなくなった。その後10年のGAPを越えて1974年に発表されたのが「仮面舞踏会」、続いて1975年に以前200枚ほどの中編「迷路荘の怪人」に手を入れ、800枚の大長編に仕上げたのが本書である。ファンは、金田一耕助と作者の復活に拍手した。

 

 時は1950年まだ戦後の混乱期で、戦前栄華を誇った貴族は没落し、成り上がりものだがカネ廻りのいい富裕層が生まれていた。明治の元老古舘種人伯爵は富士が好きだった。裾野に広大な土地を買い、岩山や水田も含む大邸宅を建てた。これが名浪(実は王ヘン)荘である。命の危険があった伯爵は、武者隠しやどんでん返し、抜け穴などの仕掛けを邸内に巡らせた。庭の造りも迷路のようで、人呼んで「迷路荘」。

 

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 長男の一人伯爵の時代に古舘家は傾き、放蕩三昧だった伯爵の手からほとんどの財産が消えた。残されたのは別荘だった「迷路荘」だけ。しかし邸内でとれる産物もあり、日々の暮らしはできた。一人息子の辰人を残して妻に先立たれた伯爵が得た後妻は、没落貴族の娘。若い美女だったこともあり、書生と不倫中に伯爵に斬殺される。伯爵に片腕を切り落とされた書生も反撃、伯爵を殺して岩山の洞窟に逃げ込んだ。官憲が包囲するが生死不明のままである。

 

 それから20年、辰人伯爵は「迷路荘」すらも手放す羽目になり、邸宅は豪商篠崎が旅館に作り替えた。その際、妻の倭文子とも離婚、彼女は篠崎の後妻となった。そんな複雑な事情を抱える「迷路荘」に片腕の男の影がちらつき、篠崎は名探偵金田一耕助に捜査を依頼する。

 

 戦後期の世相と、抜け穴だらけの舞台、邸宅と岩山の洞窟を繋ぐ地下道、「迷路荘」のヌシのような80歳超えの老女、招かれている没落貴族たちの生態がおどろおどろしい。冒頭の怪奇性・中段のサスペンス・結末の意外性に加え、金田一探偵の心温まる解決まで、ミステリーの見本のような作品でしたね。