本書は1987年に作者の経営していた小さな出版社から発刊されていた「横溝正史殺人事件」を改題して、1990年に東京創元社が出版したもの。翻訳ミステリーがほとんどの創元社が、和製ミステリーを文庫化するのは珍しいこと。作者は山梨で出版社を営んでいたが経営難に陥り、本書以後作家活動を続けている。
本書も山梨県の寒村をほうふつとさせる「八鹿村」で起こる、子守唄の歌詞に乗せた連続殺人事件を、東京から来た私立探偵「キンダイチ」が解決する物語である。ここまで書けばマニアには分かってしまうだろうが、本書は横溝作品の要素をこれでもかと集めた「本歌取りミステリー」である。なにしろ、
・八鹿村には小竹・小梅の両お大尽がいて村長の座を競っている。
・村の周囲には本陣川が流れ、鬼火橋など3つの橋がかかっている。
・村に行くには鬼首峠を越えるのだが、峠からは村が一望できる。
・村には獄門寺、白蛇神社があり、病院坂や人食い沼もある。
という具合。
村はダム建設計画で水没することになりそうで、村の3人の重鎮(前村長の小竹氏、現村長の小梅氏、獄門寺の了念和尚)はダム賛成、若者たち中心の反対派を押し切ろうとしている。村はそれなりに豊かなところで怠け者が多く、
「嫁にもらうな八鹿娘、(かまどの)竹を吹かずにホラを吹く」
と近隣に嫌われ孤立している。高齢者しか知らないのだが、おどろおどろしい子守唄があって、
・竹のお大尽は銭函抱いて死ぬ。
・梅のお大尽は(娘と)寝て死ぬ。
・寺の和尚は酒飲んで死ぬ。
・お医者は首をくくって死ぬ。
・錠前屋の親父は河童にひかれて死ぬ。
などと言われている。今回前村長の小竹家当主が、犬神神社で脳出血の発作を起こし賽銭箱を抱いて死んだ。これを気にした好色で有名な現村長は、村の予算で探偵を雇い身辺を警戒させることにした。呼ばれたのが青年探偵キンダイチ。
キンダイチは鬼首峠で村を見下ろしていた時、背後から来た老婆の声を聞く。「おりんでごさいやす。戻ってまいりました」と・・・。そこからは和尚が「和尚殺し」と呼ばれる毒草で、村唯一の医師が絞殺されて、子守唄通りの連続殺人が起きる。
昨日ご紹介した横溝作品の全部を凝縮したようなパロディ長編で、それなりに面白かったです。ただ4部作(本書は夏で、あと四季を題した3冊)が刊行されるはずが、まだ「春」だけ出版されていません。これからですかね?