新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

推理作家には囲碁好きも多い

 本書は「浅見光彦シリーズ」でおなじみ、内田康夫の第二作である。以前紹介した「死者の木霊」でデビューした作者が、何を自分の特徴にしようか迷っていたころの作品だと思う。第三作「後鳥羽伝説殺人事件」で浅見光彦がデビューし、その後は浅見シリーズがメインになっていくのだが、その橋渡し期の作品と言ってもいい。

 

 ミステリー作家には、囲碁が好きな人も多い。今もあるかどうか知らないが、かつては「文壇名人戦」というものがあり、三好徹・結城昌治斎藤栄といった人たちが覇を競ったという。作者も「いささか碁を嗜む」とインタビューに応えているので、相応の棋力と思われる。

 

 そんな作者が第二作の舞台に選んだのが囲碁界、大東新聞社主催の「大棋戦」決勝戦に挑む新鋭浦上八段と彼の友人で大東新聞の近江記者の会話から、物語は始まる。浦上は一時期「大正三羽烏」として知られた瀬川九段門下、まだ30歳前だがタイトル戦挑戦権を得て、「三羽烏」の一人高村本因坊との7番勝負中だ。三羽烏の内ひとりはもう故人で、瀬川九段はこのところリーグ戦では不調、経営手腕を買われて次期棋院理事長との噂もある。残った一人高村本因坊は純粋な棋士、60歳を過ぎても碁盤一筋だが「天棋戦」では2勝3敗とカド番に追い詰められている。

 

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 浦上は瀬川の娘礼子と婚約中で、タイトルを獲ったら結婚するつもり。どちらも負けられない第6局は鳴子温泉で行われた。2日間の対局中、本因坊の様子がおかしいことに取材中の近江記者は気付く。持ち時間の使い方が変で、必要ないところで長考したり難解なところで簡単に着手する。序盤優勢だった本因坊も、2日目の軽率な失着で投了に追い込まれる。しかもその晩、一人でホテルを出た本因坊は、翌朝荒雄湖で死体となって発見される。

 

 さらに東京に帰ってからも、第6局の記録係を務めた青年が橋梁から落ちて死ぬ事件が発生。伊豆で死んだ私立探偵の男の事件もからんで、棋界を揺るがす事態になるのだが・・・。

 

 さしもの巨匠もスタイルが定まらない時代の習作で、自らの趣味の囲碁をテーマにしたものと思われる。その趣向はなかなかいいのだが、暗号のトリックはちょっとリアリティがない。そして与党の大物政治家や高村・瀬川の戦時中の過去まで出て来ての解決編は、少し闊達な感じがあります。もっと、囲碁界を掘り下げて欲しかったです。