新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

スリーパーのオセロゲーム

 いわゆるスパイ小説も、古の「外套と短剣」ものから、第一次・第二次世界大戦期に発表されたサマセット・モームの「秘密諜報部員」、エリック・アンブラーの「あるスパイの墓碑銘」などシリアスなものを経て、アクション活劇の「007シリーズ」へと変遷していった。東西冷戦が終わり少し下火になったようだったが、昨今は米国に対する巨大な敵である中国が現れ、勢いを取り戻しつつあるかもしれない。


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 本書の作者チャールズ・マッキャリーは日本ではあまり知られていないが、1973年に「蜃気楼を見たスパイ」でデビューしたベテラン作家である。20歳代後半から10年ほどCIAで働いていたこともあるし、ジャーナリストの経験もある。決して多作家ではないが、落ち着いた諜報/防諜ものを得意としていて、本書(2013年発表)にもその特徴がよく表れている。
 
 本書は、名前が最後まで出てこない「おれ」が、あしかけ10年間対中国の諜報戦の渦中にあった物語である。アフガニスタンで負傷し退役した「おれ」は、CIAにリクルートされて上海に渡った。現地で潜入者(スリーパー)になり、中国語を磨くのが当面のミッション。ドンパチはもちろん、聞き込みもご法度、普通の外国人でいることが求められる。近づいてきた中国娘も、ひょっとしたら防諜機関員かもしれないが、それはそれで構わない。
 
 2年ほどたった後、その娘に誘われたパーティで「おれ」は大手企業のCEOの目に留まり、アドバイザーとして採用される。しかし、その会社は中国国安部丸抱えの会社だった。「おれ」は、スパイ同士が互いを抱き込み二重スパイに仕立てて情報を取ろうとする静かな戦争の真ん中に置かれる。このスパイ戦を「囲碁」に例えるシーンが出てくるが、同じ白黒でもこれは「オセロ」だ。今日の味方が明日は敵になっているし、逆もある。
 
 「おれ」は中国企業やCIAなどの仕事で、上海・ワシントンDC・ニューヨークを往来する。DCで接触してくる中国大使館の商務官、すでに7人殺しているという女料理人(殺し屋)、CIAでの上司である冷徹な男、ニューヨークの中国人女弁護士など怪しげな人物が現れるが、派手なアクションシーンは全くない。
 
 かなりリアリティのあるスパイ小説である。スパイ同士の出会い方、話し方、日々の警戒の仕方まで、作者は丁寧に書き込んでいる。その反面、意外な結末や強烈なサスペンスには欠ける部分があるかもしれない。米中貿易摩擦がヒートアップしていますが、その背後でこういうこともあるだろうなと思わせる1冊でした。