新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

巨匠のデビュー作

 内田康夫と言えば多くの人には「浅見光彦シリーズ」が有名でTVドラマ化がされたのだが、その他に「警視庁岡部警部シリーズ」や「信濃コロンボ竹村岩男シリーズ」も5~6冊ほどある。総計140冊を超える著作があるのだが、そのデビュー作が本書。浅見光彦の登場は第三作の「後鳥羽上皇殺人事件」、それ以前の作品はこれまで読んだことがなかったので、期待して読み始めた。

 

 長野県警飯田署管内、松川ダムのダム湖で中年男性のバラバラ死体が発見される。最初に見つかったのは胴体、すでに腐乱が始まっていてどぎつい描写に読者は最初から驚かされる。東京のタクシー運転手が深夜に松川ダムまでダンボール7箱を運んだと名乗り出て、ようやく被害者らしき男が浮かぶ。総会屋をしていた男で、甥夫婦の住居で殺され切断されたらしい。甥夫婦も行方不明だ。

 

 容疑者として手配された甥夫婦は、東京の大手商社の住み込み管理人をしていた。その商社の社長は被疑者の戦友で、採用に便宜を図ってやったと言う。飯田署で担当となった竹村巡査部長(当時30歳!)は、東京に出張して警視庁岡部警部補と合同捜査をする。朴訥な田舎者の竹村とシティボーイの岡部だが、お互いにその能力は認めあう。

 

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 行方が知れなかった甥夫婦、それらしき2人が青森から特急日本海に乗り、深夜の直江津で降りた。2人はタクシーで戸隠に向かい、翌朝首つり死体で発見される。死体から睡眠薬が検出されたことから他殺を疑う竹村だが、捜査会議は「被疑者死亡」で終了。納得できない竹村は単独捜査を行って事故を起こし、停職1ヵ月の処分を受ける。それでも捜査を止めない彼は、妻陽子のへそくりで関係先への私費出張を続ける。東京で彼を迎えた岡部は「まるで鬼だな」とつぶやく。

 

 のちに旅情ものが売り物になる作者の作風は、デビュー作からあふれている。本書でも、飯田・東京・青森・戸隠・鳥羽とめまぐるしく舞台が移る。解説は有名な評論家中島河太郎氏が書いていて、デビュー作なのに落ち着いた文章でケレン味なくリアルな捜査と刑事の執念を書けるのはすごいとほめている。普通これだけの作品であれば、何らかの作品賞を獲っていてもおかしくないのですが、それには恵まれなかったようです。

 

 初めて巨匠の原点に触れることが出来ました。ずいぶん昔に読んでしまった内田作品ですが、もう一度読んでみるのもいいですね。