新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

レイルバロン時代の終わり(前編)

 クライブ・カッスラーも多作家である。「NUMA」のダーク・ピットシリーズは昔よく読んだ。サハラ砂漠を飛行機の残骸を基にした帆走ソリで脱出する話など面白かったが、さすがにあれだけ書くと飽きてくる。作者もそうだったのだろう。ピットの子供たちを登場させたりして目先を変えていたが、新しいシリーズを書き始めた。

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 以前紹介したのは、義足の冒険家ファン・カブリーヨと仮装巡洋艦オレゴン」の話。確かに面白いのだが2冊目に手が伸びるほどではなかった。今回紹介するのはもうひとつの新シリーズ、ヴァン・ドーン探偵社のアイザック・ベルを主人公にしたものである。冒頭1934年のガルミッシュ・パルテンキルフェンが出てきてびっくりする。ナチス・ドイツ冬季オリンピックが開かれたところなのだが、物語はほぼすべて、1907年のアメリカ合衆国で展開する。
 
 カッスラーの懐古趣味はかなり徹底したもので、本書でも当時の機関車や自動車、什器の類などが数多く登場する。ダーク・ピットシリーズでも行方不明になった機関車を探す物語があったが本書はアメリカ全土を覆う鉄道網の話。
 
 1830年以降レイル・バロン(鉄道男爵)という人たちが出てきて、新しい交通手段である鉄道を敷いて行った。年月を経てそれらが吸収合併されて、全米鉄道ネットを誰が支配するかの競争になった。この過程はシミュレーション・ゲームにもなった。
 
 サザン・パシフィック鉄道の社長ヘネシーは風采の上がらない初老の男だが、全米鉄道ネットの支配者への道をひた走っていた。東海岸オレゴン州の難所カスケード・ギャップにトンネルを掘削中で、これが完成すればこれまでスイッチバックで峠を越えていた列車が1日早くここを抜けることができる。そうすれば支配は目の前だと考えていた。しかし、「Wrecher」と呼ばれるテロリストが跳梁、現場を爆破したり機関車を脱線させる破壊工作を繰り返す。
 
 ヘネシーは全米一の探偵社、「われわれはあきらめない」をモットーにしたヴァン・ドーン探偵社に「Wrecher」から鉄道を守るよう依頼する。探偵社主ヴァン・ドーンは自社のエースであるアイザック・ベルをチーフにした体制で依頼を引き受ける。
 
<続く>

不遇だったデビュー作

 本書は、「時刻表アリバイ崩しもの浦上伸介シリーズ」の作者津村秀介のデビュー作である。1972年に「偽りの時間」というタイトルで出版されたが、大きな反響を呼ぶことは無かった。それが津村秀介がそこそこ売れてきた1982年に時刻表などを見直してこのタイトルで再発売されると、TVドラマにもなって売れたという。

 

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 作者は長く週刊誌に事件ものを書いてきた人で、ブルゾンにショルダーバッグ、バッグの中にはカメラと時刻表、酒好き、旅好き、将棋好きという浦上伸介のプロフィールは作者の若いころそのものだったと思われる。
 
 作者は鮎川哲也の諸作(準急ながら、黒いトランク等)に触発されて、本格ミステリーを書きたいと思ったと述べている。緻密なダイヤ、正確な列車運行が当たり前の日本ならではのアリバイ崩しというジャンルを極めた人である。
 
 デビュー作には、作家の全てが出る。この作品には後のレギュラー探偵浦上伸介や前野美保は登場しないが、そのシリーズの警官・編集者・記者らによく似た人物がでてくる。トリックもふんだんに盛り込まれていて、
 
 ・上野駅で下り「はつかり」を見送るシーン
 ・全自動一眼レフに残された写真
 ・指紋のすり替え
 ・新聞の地方版の印刷時期
 
 など、週刊誌記者や出版関係、警察等に出入りしていた経験を活かした作品になっている。殺人事件の背景にある手形パクリや浮き貸しの手口もリアルだし、政治家と新興企業の癒着や夜の街に蠢く女たちの生活など事件もののベテランならではの味わいがある。
 
 初めて読んだのだが、後のシリーズに比べて粗さはあるものの迫力のある傑作だと思った。シリーズものは安心して読めるのだが、上記トリックの中の一つだけを膨らませたような印象もあるので、その原点を知ることができたのは良かったと思います。

宍道湖とレマン湖

 主として公共交通機関を使ったアリバイ工作に挑むルポライター浦上伸介シリーズの中でも、「湖シリーズ」と言われた作品群の第一作が本書である。著者の長編9作目で1986年発表の本書は、これまでも時々探偵役を務めていた浦上伸介のレギュラー化への入り口であった。すでに彼の事を印象の薄い名探偵として紹介した。

 

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 本書でも30歳前後の独身男性、中目黒の1LDKマンションで一人暮らし、酒好き、将棋好き、いつもブルゾンにカメラを入れたバッグという目立たなさは変わらない。それをカバーしてくれるのが、今回の被害者の妹玲子の存在である。良家の子女である彼女は兄の死の真相を知ろうと、浦上と一緒に容疑者たちに会いに行く。
 
 彼女の兄和彦は、松江のホテルで宍道湖を見下ろす6階の部屋から墜落死した。その前に彼の恋人がジュネーブで、レマン湖を見下ろす6階の部屋から墜落死していた。ジュネーブと松江、レマン湖宍道湖、地形が驚くほどよく似ていて、二人の死の相似性が事件を追う浦上と玲子の疑問を搔き立てる。
 
 和彦の住む横浜、現場となった松江のほか、二人は関係者に会うため大阪、小田原、甲府、宇都宮、上野、鶴見などを列車で巡る。そういえばそのころ小田原駅前にベルジュというショッピングビルがあったなとか、横浜市営地下鉄が開業したばかりなのかと懐かしく読んだ。
 
 事件の謎そのものは、ひねたミステリーマニアには難しいものではありません。でも鉄道好きで懐古趣味の僕としては、楽しめた一冊でした。

日本の医学ミステリー

 以前ご紹介したのは奇術師のミステリー、今回は医学者のそれである。作者の由良三郎は、本名吉野亀三郎という高名な細菌学者である。本職の医療業界を背景に、先端医療技術も使ったトリックを多く示した。本書はその代表作のひとつ。

 

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 大きな病院を舞台に、院長が開く朝食会で院長が苦しみ始め、緊急手術をするものの十二指腸の直前で消化器官が切断されていて院長の命を救うことは出来なかった。大体生きて動いている人の胃と腸を切断することができるのかという、大きな疑問が読者に投げかけられる。タイトルは人体密室としているが、部屋の密室でなく、人体の中にどうやって器官を損傷できるものを持ち込むのかが密室のゆえんである。
 
 小さな鉄球にトゲが生えたものを被害者に飲み込ませ、それを磁石で動かして内臓を損傷させたという仮説が展開される。しかしこれは、医療分野が専門でないNINJAでもうなずけないものがある。
 
 この説に異論を唱えた医師が、その日の宿直勤務中に同じような手段で殺害されてしまう。不幸が続くこの病院だが、最近ここに移籍してきた吉松直樹医師は、何故かこの事件の直後から不審な事件に悩まされ、第三の被害者にされるよりはと事件解決に乗り出す。トリックそのものは面白いのだが、不可能犯罪の前段から吉松医師が狙われる中段、謎解きのクライマックスまでの流れはちょっとぎこちない。中段のサスペンスが、とってつけたように浮いて見えた。
 
 1988年発表の本書ではすでに近代的な胃カメラも紹介されていて、これが事件解決の有力な手掛かりになる。作者にとってはネタに使える新技術の登場だったのだろうが、僕はもっと別のところに興味を持った。冒頭、新加入の吉松医師に先輩がいう言葉、「包帯を巻きすぎるように。その結果直りが遅くなり長く病院に通ってくれるから」というのは患者としては納得できない。しかし、事業としての病院を維持するには仕方のないことかもしれませんから、うーん困ったものですね。

仮装強襲コマンド母艦(後編)

 今回アマンダが指揮することになったのは、仮想強襲コマンド母艦「ギャラクシー・シェナンドー」号。戦艦アイオワに匹敵する66,000トンの排水量を持ち、かろうじて(拡張前の)パナマ運河を通過することができる。外観はバラ積貨物船に見えるが、内部には26機の有人ヘリと同数の無人機、小型潜航艇、水陸両用強襲車、対空ミサイル車などを隠している上に、攻撃/防御用のミサイルや砲といった兵装も持っている。

 

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 攻撃ヘリ「スピードコブラ」中隊を率いるのは、かつてステルス艦「カニンガム」のアマンダ艦長のもとでパイロットをしていたアーカディ中佐。下巻の表紙に描かれているスピードコブラ回転翼機でもあり固定翼機でもある、特異な構造をしている。これが通常の回転翼機には出せない速度や、固定翼機には出せない機動性を実現できた要因である。
 
 「シェナンドー」は搭載している航空戦力や特殊部隊を使って、反乱軍に包囲されたジャカルタアメリカ大使館から、ケディリ大統領や大使以下の大使館員、海兵隊員救助を支援する。救助そのものは他の艦や基地から飛来するオスプレイの仕事だが、その間強力な反乱軍の地上部隊を釘付けにすることがミッションだった。この戦闘シーンは実にリアルで、特に地下に隠されていた機甲部隊の奇襲をアーカディ中佐の無鉄砲な戦術で食い止める場面は感動的だ。
 
 ラストは反乱軍の指導者ケタマラン提督率いる大艦隊(ほぼインドネシア海軍の全力)を、シェナンドー単艦が引き受けて全滅させる大海戦である。島が点在する暗夜のリンガ海で、敵のレーダーを欺いて接近したシェナンドーはインドネシアフリゲート艦を衝角戦で沈める。現代のホーンブロワーとも言われるアマンダ・ギャレット大佐の面目躍如といったところである。
 
 J・H・コッブは米国海軍の家系に生まれ、海軍研究所で軍事史と軍事テクノロジーの研究者としてのキャリアを持っています。第一作「ステルス艦カニンガム」以降、巻を重ねるごとに徐々に現実には存在しない兵器を登場させることになるのですが、ベースにある考え方はしっかりしていてリアリティがあります。今回の活躍でアマンダの提督への昇進は間違いないでしょうから、第6作も読みたいですね。