新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

不遇だったデビュー作

 本書は、「時刻表アリバイ崩しもの浦上伸介シリーズ」の作者津村秀介のデビュー作である。1972年に「偽りの時間」というタイトルで出版されたが、大きな反響を呼ぶことは無かった。それが津村秀介がそこそこ売れてきた1982年に時刻表などを見直してこのタイトルで再発売されると、TVドラマにもなって売れたという。

 

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 作者は長く週刊誌に事件ものを書いてきた人で、ブルゾンにショルダーバッグ、バッグの中にはカメラと時刻表、酒好き、旅好き、将棋好きという浦上伸介のプロフィールは作者の若いころそのものだったと思われる。
 
 作者は鮎川哲也の諸作(準急ながら、黒いトランク等)に触発されて、本格ミステリーを書きたいと思ったと述べている。緻密なダイヤ、正確な列車運行が当たり前の日本ならではのアリバイ崩しというジャンルを極めた人である。
 
 デビュー作には、作家の全てが出る。この作品には後のレギュラー探偵浦上伸介や前野美保は登場しないが、そのシリーズの警官・編集者・記者らによく似た人物がでてくる。トリックもふんだんに盛り込まれていて、
 
 ・上野駅で下り「はつかり」を見送るシーン
 ・全自動一眼レフに残された写真
 ・指紋のすり替え
 ・新聞の地方版の印刷時期
 
 など、週刊誌記者や出版関係、警察等に出入りしていた経験を活かした作品になっている。殺人事件の背景にある手形パクリや浮き貸しの手口もリアルだし、政治家と新興企業の癒着や夜の街に蠢く女たちの生活など事件もののベテランならではの味わいがある。
 
 初めて読んだのだが、後のシリーズに比べて粗さはあるものの迫力のある傑作だと思った。シリーズものは安心して読めるのだが、上記トリックの中の一つだけを膨らませたような印象もあるので、その原点を知ることができたのは良かったと思います。