主として公共交通機関を使ったアリバイ工作に挑むルポライター浦上伸介シリーズの中でも、「湖シリーズ」と言われた作品群の第一作が本書である。著者の長編9作目で1986年発表の本書は、これまでも時々探偵役を務めていた浦上伸介のレギュラー化への入り口であった。すでに彼の事を印象の薄い名探偵として紹介した。
本書でも30歳前後の独身男性、中目黒の1LDKマンションで一人暮らし、酒好き、将棋好き、いつもブルゾンにカメラを入れたバッグという目立たなさは変わらない。それをカバーしてくれるのが、今回の被害者の妹玲子の存在である。良家の子女である彼女は兄の死の真相を知ろうと、浦上と一緒に容疑者たちに会いに行く。
彼女の兄和彦は、松江のホテルで宍道湖を見下ろす6階の部屋から墜落死した。その前に彼の恋人がジュネーブで、レマン湖を見下ろす6階の部屋から墜落死していた。ジュネーブと松江、レマン湖と宍道湖、地形が驚くほどよく似ていて、二人の死の相似性が事件を追う浦上と玲子の疑問を搔き立てる。
事件の謎そのものは、ひねたミステリーマニアには難しいものではありません。でも鉄道好きで懐古趣味の僕としては、楽しめた一冊でした。