新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

日本の医学ミステリー

 以前ご紹介したのは奇術師のミステリー、今回は医学者のそれである。作者の由良三郎は、本名吉野亀三郎という高名な細菌学者である。本職の医療業界を背景に、先端医療技術も使ったトリックを多く示した。本書はその代表作のひとつ。

 

        f:id:nicky-akira:20190426181854p:plain

 
 大きな病院を舞台に、院長が開く朝食会で院長が苦しみ始め、緊急手術をするものの十二指腸の直前で消化器官が切断されていて院長の命を救うことは出来なかった。大体生きて動いている人の胃と腸を切断することができるのかという、大きな疑問が読者に投げかけられる。タイトルは人体密室としているが、部屋の密室でなく、人体の中にどうやって器官を損傷できるものを持ち込むのかが密室のゆえんである。
 
 小さな鉄球にトゲが生えたものを被害者に飲み込ませ、それを磁石で動かして内臓を損傷させたという仮説が展開される。しかしこれは、医療分野が専門でないNINJAでもうなずけないものがある。
 
 この説に異論を唱えた医師が、その日の宿直勤務中に同じような手段で殺害されてしまう。不幸が続くこの病院だが、最近ここに移籍してきた吉松直樹医師は、何故かこの事件の直後から不審な事件に悩まされ、第三の被害者にされるよりはと事件解決に乗り出す。トリックそのものは面白いのだが、不可能犯罪の前段から吉松医師が狙われる中段、謎解きのクライマックスまでの流れはちょっとぎこちない。中段のサスペンスが、とってつけたように浮いて見えた。
 
 1988年発表の本書ではすでに近代的な胃カメラも紹介されていて、これが事件解決の有力な手掛かりになる。作者にとってはネタに使える新技術の登場だったのだろうが、僕はもっと別のところに興味を持った。冒頭、新加入の吉松医師に先輩がいう言葉、「包帯を巻きすぎるように。その結果直りが遅くなり長く病院に通ってくれるから」というのは患者としては納得できない。しかし、事業としての病院を維持するには仕方のないことかもしれませんから、うーん困ったものですね。