新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

二度目のローマに行く前に

 今年6月に行ったローマ旅行が大変良かったので、只今二度目のローマ旅行を企画中である。カタール航空ビジネスクラスも良かったけれど、6泊テルミニ駅前のホテルに泊まって1週間有効の市内交通乗車券で方々歩き回った。

 

https://nicky-akira.hatenablog.com/entry/2019/07/04/140000

 

 今度はローマで何しようかな、などとノー天気なことを考えながらBook-offを冷やかしていて、見つけたのが本書。1999年の書下ろしと、ちょっとガイドブックとしては古いが、前書きにもあるように「ガイドブックではありません」とのことだから買ってみた。

 

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 内容は決して初心者向きのものではなく、旅行社は使ってもこれに振り回されるのではなく、逆に使い倒すくらいの準ベテランが読んで役に立つレベル。普通の本は最初から読むのだが、この手のものは目次を見て知りたいところからページを開ける。フライトや市内交通については割合分かっているので、今回はレストランなどでの食事。やはり参考になる記事が載っていた。

 

 ・ワインは地元のテーブルワインで十分

 ・パスタを「メッゾ!」と言って半分にしてもらうこと

 ・並みいる料理店の中では、安いほど美味しい

 

 最初の件は、実際トリノに仕事で行った時の、おひとり様ディナーで経験したこと。地域性の国イタリアでは、地元のものが一番うまい(コスパがいい)のだ。次のは、前菜・パスタ・メインと食べきれない時のウラ技というわけ。これなら最後までいけそうだ。最後のはちょっとマユツバだが、今度試してみてもいいだろう。

 

 あと役に立ったのは、8月が普通の都市ホテルは「ローシーズン」だということ。みんなリゾ-トに出掛けてしまうので、都市は閑散としているという。また日曜日が(聖なる日なので)シャッター街になるというのはわかるのだが、月曜日の午前中もその傾向が強いということ。二日酔いなのかね、と思う。滞在時必要なものは土曜日、できれば金曜日のうちに買い込んでおいた方がいいということだ。

 

 少し勉強になったので、他の部分も読んで頭に入れてから次のローマ旅行を考えることにします。

アガサの二人の分身

 ミステリーの女王アガサ・クリスティも、デビュー早々この評価を受けたわけではない。最初の夫、アーチボルト・クリスティ氏との離婚騒動までは、後年名作と伝えられる「アクロイド殺害事件」などの著作はありながら、家庭の不安定もあって幸福な人生とは言えなかった。しかし、前夫と離婚後14歳も年下の考古学者マックス・マーロワンと再婚し、それ以降著作も安定的な評価を受けるようになる。

 

 それを象徴しているのが本書である。再婚後、アガサは夫に随行して中東に滞在することも多くなり、考古学的発掘作業も自らの目でみることができるようになった。その経験を含めて、本格的なミステリーとし書き上げたのがこの「メソポタミア殺人事件」である。

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  本書の発表は1936年、アガサは45歳を超えている。1930年に再婚した後夫に従って中東地域の発掘行に随行しているようだ。その時の発掘団の状況や、置かれた環境などを巧みに本作の背景として取り込んでいる。本書の舞台はバクダット近郊の発掘エリア、発掘団の住まい兼作業場になっている密閉度の高い建物で殺人事件が起きる。

 

 殺害されたのは発掘団長レイドナー博士の妻ルイーズ、しばらく前に博士と再婚した40歳ほどの「絶世の美女」である。作品を書いた時代のアガサにも近い年齢で、考古学者の妻となれば、アガサがある程度自分を投影してると考えるべきだ。もう一人は、前夫との確執により精神的に不安定になったルイーズを守るために雇われた看護婦エイミー。彼女も35歳くらい、年代も近いしアガサが第一次世界大戦のころ看護婦だったという経歴から考えても、本編のワトソン役を務めていることからもアガサの分身であることがわかる。

 

 本書では、たまたま付近を通りかかったポアロが事件解決のため招かれるのだが、上記のようにワトソン役はヘイスティング大尉ではない。アガサは本作を書いたプロセスを「うれしくて全く覚えていない」と言う。「絶世の美女」であるルイーズを自分になぞらえるのは少し気恥ずかしかったのか早々に殺してしまい、(当時の言葉で)ハイミスであるが有能なエイミーにのちの物語を託すことにしたのだろう。確かに探偵役はポアロだが、本編はエイミーが主役だと思ってもいい。

 

 後年アガサ・クリスティが得意とした中東もの、その第一作となった本書は作者のメルクマールとまった作品でもある。ただ読んだのは新潮文庫の一冊、この文庫は少し作品紹介などが雑のように感じますが・・・。

食欲の出るミステリー

 どうしても犯罪、その中でも凶悪な殺人などを扱うことの多いミステリーというジャンルでは、それを読んで食欲が出る・・・という作品は少ない。もちろん豪華なお料理が出てくるシーンもあるのだが、バラバラ死体や腐乱死体など出てくるわけだから、舌なめずりする人がいたらその方がおかしい。

 

 その常識を覆したのが本書。レストランでの料理とワインの組み合わせを語るシーンから物語が始まる。探偵役は、34歳の売れない女優ニッキイ。TVドラマ「マテーニ刑事もの」に主演したものの4作で打ち切りになり、ロスアンジェルスのレストランでのアルバイトで糊口をしのいでいる。そこにナパ・ヴァレーの大農園主がやってきて、彼女のワインセンスを買って雇いたいと言い出す。

 

 有名なワイナリーを営む富豪だしイケメンでもあるので付いて行った彼女の前に、農園のワイン職人の絞殺死体が現れる。複雑なワイナリー富豪一家の人間関係もあって怪しい人ばかり。ニッキイは持ち前の好奇心から、事件解決に乗りだす。

 

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 文章が軽妙で面白く、スピーディでユーモラスな展開。それはあるのだがミステリー単体としては、まあ平均的な点数かもしれない。しかし作中にちりばめられているワインのノウハウは半端ではない。

 

 ・ヤギのチーズとキノコのブルスケッタ ⇒ ソーベニヨン・ブラン

 ・ホタテ貝のソテー、レモンとバジルのリゾット添え ⇒ ピノノワール

 ・スティルトンチーズ ⇒ ポートワイン

 ・ヤギのチーズとアップルスモーク・ベーコンのタルト ⇒ シャルドネ

 ・焼きカキのハラペーニョソース ⇒ カベルネ・ソーベニヨン

 ・ポークテンダーロインのサルサソース ⇒ カベルネ・ソーベニヨンのブレンド

 ・真夜中のパスタ ⇒ ジンファンデル

 

 とりあえずブドウの種類だけ書いたが、どの谷のどういうブレンドがいいとのコメントもある。もちろん、各々のメニューの料理法まで書いてあるのが嬉しい。この本はミステリーの本棚と言うよりは、家内の家事関係の棚にあったほうが似合うと思います。

密室の巨匠、デビュー

 エラリー・クイーンに遅れること1年、ジョン・ディクスン・カーは本書でデビューした。後年レギュラー探偵となる、ギデオン・フェル博士やヘンリ・メリヴェール卿はまだ登場せず、パリの予審判事アンリ・バンコランが探偵役を務めている。スタイルとしてはポーのオーギュスト・デュパンから始まる、私という語り手が名探偵の脇に付くクラシックなものだ。この「私」をシャーロック・ホームズ譚にちなんで「ワトソン役」というが、本書では若いアメリカ人ジェフ・マールという人物がこれを務めている。

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 カーは後年イギリスで暮らすことになるので、イギリス作家とかアメリカ=イギリス作家と言われるが、れっきとしたアメリカ人である。若いころパリをはじめ欧州に遊学していて、本書の舞台もパリである。したがって登場人物も、フランス人・イタリア人・オーストリア人が多く、ロシア軍人あがりと疑われる人物もでてくる。面白いのはマールのほかにもうひとりアメリカ人が出てきて、いかにも田舎者のように振る舞う。
 
 カーは、アメリカの文化は未熟だと思っていたのかもしれない。同じ東海岸で同年に生まれたエラリー・クイーン(ダネイ・リーともに同年)がアメリカ文化を愛し、ハリウッドものやライツヴィルという架空の田舎町を舞台にしたシリーズを書いたのとは対称的である。さて本書であるが、スポーツマンで鳴らした青年公爵がクラブハウスのカード部屋で首を切り落とされるというシーンで始まる。公爵は殺人鬼である夫と別れた美女との結婚をしたその日に殺害されたのだ。
 
 夫人の前夫が顔を整形してパリに潜入、公爵夫妻の命を狙っている恐れがあって、バンコラン判事や刑事たちが見張っている中での犯行だった。犯行現場の2つの扉はバンコランらが見ていて、そこから逃走したものはいない。窓からも出入りした形跡はないということで、犯人は「人狼」ではないかとの憶測が流れる。
 
 密室殺人と怪奇趣味はカーの両輪だが、この2つだけで300ページを引っ張るのはなかなか難しい。カーの長編はクイーンのものより100ページくら短いのだが、それでも中だるみ感が出てくる。本書ではマール君の恋愛物語が出てくるが、こういうエピソードは興をそぐという批判もあるだろう。面白かったのは、剣術師範の登場。公爵もバンコランもマール君もフェンシングをこの老師範から学んでいて、剣術奥義に関する1節があった。晩年カーは歴史ものを多く書き、チャンバラの場面を得意にしていたが、その萌芽はここにあったのかもしれない。
 
 犯行現場は「トウキョウ通り」に面したクラブなのだが、今はこの名前の通りはない。解説によれば、イエナ橋の西側トロカデロ広場からの辺りだったようだ。古いパリの地図も思い出させてくれる1冊でした。

巡洋艦の役割

 第二次大戦以前戦艦・巡洋戦艦は主力艦と呼ばれ、最後は主力艦同士が撃ち合って国の争いに決着を付けるものと位置付けられていた。いわば、戦略兵器である。駆逐艦水雷艇、潜水艦はと言えば、主力艦を守ることを含めた戦術兵器である。それでは、巡洋艦って何なのだろうか?

 
 近代海戦の有名な例である「日本海海戦」では、バルチック艦隊の所在が最大の問題だった。5月27日未明、貨客船を改装して哨戒にあたっていた仮装巡洋艦信濃丸」が、ついにこれを発見する。しかしほとんど兵装を持たない信濃丸では、敵艦に襲われればひとたまりもない。

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 そこで正規の軍艦である巡洋艦「和泉」が派遣され、バルチック艦隊を監視し続けるようにした。これが本来巡洋艦に与えられた任務である。そう、巡洋艦の役割は「偵察」なのだ。
 
 その後海戦の変化というと、航空機の登場が大きい。航空機が相応の性能を持ち始めると、航空母艦という艦種が加わるようになった。この艦種も、最初は偵察が主な役割であった。いくら早いと言っても、水上艦の移動速度はたかが知れている。しかし初期の航空機は、速度は速いかもしれないが航続距離も短く無線機も積んでいない。やはり軍艦そのものでの偵察は重要だった。
 
 いわゆる、ハイブリッド兵器というものがある。その一種に航空巡洋艦というものがあったと思う。高速巡洋艦に航空機も積んで索敵能力を高める発想だ。画像は日本海軍最後の重巡洋艦利根型である。左舷に主砲(20.3cm連装4基)を向けているが、後方に艦上機の姿も見える。これは納得できない姿で、もし砲戦が行われるのであれば、その前に艦載機は発艦させるはずだからである。
 
 利根型巡洋艦は主砲の数こそ従来の型式から減ったものの、主砲を前部に集中させたことによって弾着の範囲が狭くなり砲撃力は減らなかったと思われる。後甲板が航空兵装に充てられたので運用が楽になり、6機も搭載・運用できるようになった。利根型は航空母艦を集約した「機動部隊」の目としての役割を十分果たせる、当時最高の「巡洋艦」だった。