新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

アガサの二人の分身

 ミステリーの女王アガサ・クリスティも、デビュー早々この評価を受けたわけではない。最初の夫、アーチボルト・クリスティ氏との離婚騒動までは、後年名作と伝えられる「アクロイド殺害事件」などの著作はありながら、家庭の不安定もあって幸福な人生とは言えなかった。しかし、前夫と離婚後14歳も年下の考古学者マックス・マーロワンと再婚し、それ以降著作も安定的な評価を受けるようになる。

 

 それを象徴しているのが本書である。再婚後、アガサは夫に随行して中東に滞在することも多くなり、考古学的発掘作業も自らの目でみることができるようになった。その経験を含めて、本格的なミステリーとし書き上げたのがこの「メソポタミア殺人事件」である。

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  本書の発表は1936年、アガサは45歳を超えている。1930年に再婚した後夫に従って中東地域の発掘行に随行しているようだ。その時の発掘団の状況や、置かれた環境などを巧みに本作の背景として取り込んでいる。本書の舞台はバクダット近郊の発掘エリア、発掘団の住まい兼作業場になっている密閉度の高い建物で殺人事件が起きる。

 

 殺害されたのは発掘団長レイドナー博士の妻ルイーズ、しばらく前に博士と再婚した40歳ほどの「絶世の美女」である。作品を書いた時代のアガサにも近い年齢で、考古学者の妻となれば、アガサがある程度自分を投影してると考えるべきだ。もう一人は、前夫との確執により精神的に不安定になったルイーズを守るために雇われた看護婦エイミー。彼女も35歳くらい、年代も近いしアガサが第一次世界大戦のころ看護婦だったという経歴から考えても、本編のワトソン役を務めていることからもアガサの分身であることがわかる。

 

 本書では、たまたま付近を通りかかったポアロが事件解決のため招かれるのだが、上記のようにワトソン役はヘイスティング大尉ではない。アガサは本作を書いたプロセスを「うれしくて全く覚えていない」と言う。「絶世の美女」であるルイーズを自分になぞらえるのは少し気恥ずかしかったのか早々に殺してしまい、(当時の言葉で)ハイミスであるが有能なエイミーにのちの物語を託すことにしたのだろう。確かに探偵役はポアロだが、本編はエイミーが主役だと思ってもいい。

 

 後年アガサ・クリスティが得意とした中東もの、その第一作となった本書は作者のメルクマールとまった作品でもある。ただ読んだのは新潮文庫の一冊、この文庫は少し作品紹介などが雑のように感じますが・・・。