新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

名探偵あるところ常に犯罪あり

 「オリエント急行殺人事件」(1934年発表)で大技を決めたアガサ・クリスティー。翌1935年に発表した本書も、旅行先でポアロが事件に遭遇する。雪に閉じ込められた豪華列車というのが前作の舞台だったが、今度はパリ発ロンドン行きの旅客機の中での殺人事件である。またもポアロは乗客の一人として現場に立ち会うことになる。

 

 21名の乗客と4名の乗員を乗せて、パリの「ル・ブルージュ空港」を飛び立った定期便は海峡上空をロンドンのクロイドン空港に向かっていた。機内での食事が終わり食後の飲み物が提供されるころ、突然黄蜂が機内を飛び始めた。ジャン青年がこれを墜としたのだが、最後尾の座席にいた老女マダム・ジゼルが首に蜂が刺したような傷を受けて死んでいた。

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 異変を察知したスチュワードの呼びかけに応じて乗客のブライアント医師がマダムを診たが、30分ほど前に死んだと告げる。当初心臓麻痺(例えば蜂に刺されたショックで)かと思われた死因は、検視医の見立てで毒殺であることがわかる。ポアロは機内で毒を塗った吹き矢を発見、さらに吹き矢の筒も見つかる。

 

 捜査はフランス警察のフルニエ警部、イギリス警察のジャップ警部の合同で進められるが、現場に居合わせた名探偵ポアロも当然加わってくる。ポワロは乗客全員の持ち物リストを作らせるのだが、これはクイーンが「Xの悲劇」で示したリストに似ている。持ち物などを延々書き連ねて、読者に何かがここにあると思わせる「手がかり」である。さりげなく読み飛ばされるアイテムが、結末で読者の意表を突くことになる。

 

 また毒薬が得意のクリスティーは、今回南米の原住民が使う強力な蛇毒を凶器に使った。本当にこういう毒があるかは、寡聞にして知らない。まあ科学小説ではないので、架空のものであっても大筋に問題はないが。マダム・ジゼルは金貸しだが、裏では恐喝もしていたらしい。乗客の中には恐喝の被害者もいたことがわかるし、マダムが若い頃生んだ娘の居所もわからない。ひょっとするとマダムの莫大な遺産を狙った殺人なのかもしれない。

 

 容疑者は後部客室の11名の乗客と、そこに出入りした2人の乗員だけ。クリスティー女史得意のパターンで、「How to do it」の謎に読者が挑む会心本格ミステリーである。それにしてもこの時代にパリ・ロンドン間の定期航空便、旅行好きの僕には想像するだけでうれしくなりますね。

正統派大人のミステリー

 D・M・ディヴァインは、生涯で13作のミステリーを残した。そのほとんどは日本でも出版されたが、今では手に入らないものもあり僕は本書でようやく過半数、7作目を読むことができた。以前12番目の作品「跡形なく沈む」を紹介しているが、これぞイギリスの本格ミステリーだと思ったものだ。


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 本書は、1962年発表のディヴァインの第二作。デビュー作の「兄の殺人者」(1961年発表)は若い弁護士を主人公にしたもので、ミステリーの女王アガサ・クリスティが高く評価したと伝えられる。それに力を得て書いた本書の主人公は、若い医師アラン・ターナースコットランドの田舎町シルブリッジで病院を経営している。2ヵ月前に経営者の医師が死んだことで、共同経営者からNo.1の地位に就いている。
 
 彼は病院の看護婦と婚約中だが、死亡した医師の美しすぎる後妻との仲を疑われている。閉鎖的な田舎町の上に、登場人物の多くが親戚/姻戚関係にあり、アランは婚約者の親戚でもある市長から疑われ、「社会的に葬ることも出来る」と脅される。
 
 当初事故死とされた医師の死因だが殺人ではなかったかとの疑惑が出てきて、状況から容疑者は後妻とアランのいずれかだと思われる。事件の夜、医師夫妻と夕食を共にしたのがアランだったからだ。彼は疑惑をはらすべく、素人探偵を始める。
 
 秋も深まるスコットランドを舞台に、静かなサスペンスをはらんでゆっくりと物語が進む。アランが友人のマンロー警部補とゴルフをしながら事件の分析をするシーンが印象的だ。そんな中、医師に最後に会ったと思われる少年が死体で見つかり、連続殺人の疑いが濃くなった。マンロー警部補は事件を冷静に分析し、容疑者を6~7人に絞り込んだという。2つの事件のいずれもにアリバイがないのは誰かという捜査が進むが、アランは市長の一言で真相をつかむ。
 
 派手なアクションもなく、ケレン味たっぷりな名探偵も出てこない。田舎町の日常に突然起きた殺人事件を巡って普通の人たちが猜疑の目を向けあうさまを、ディヴァインは丹念に描いていく。本当に上手い「小説家」だと思うのですが、寡作でシリーズものを残してくれなかったのが残念です。

泥縄のイタリア勉強

 昨年6月に夫婦でローマ旅行に行ってとても良かったので、また行くことにした。今度は冬、初夏とは違うローマを見物したい。その前にちょっとイタリア事情を勉強しておこうと思って、本書を買ってきて読んだ。

 

 2003年の出版でやや古いが、かの国は3,000年の歴史を持っている。情報が多少古くても問題ないほど、生活や風習は変わらないと思うから。作者はフランス人の夫と1986年からイタリア暮らし。ご主人がイタリア人ではない分、客観的なイタリアの評価ができるだろう。イタリアと言えば、

 

 ・時間にルーズ、10分程度の遅れなら「時間厳守」のうち。

 ・お世辞がうまい。特に女性に対しては、初対面でも堂々とほめる。

 ・陽気で冗談好き。冗談を解しないと仲間に入れてもらえない。

 

 くらいの印象で、これらのことは本書でもそうだとある。印象と違っていたことも数点あって、

 

 ・掃除好きで、汚れる前に掃除するくらい徹底している。

 ・マンモーネ(お母さん子の男子)は尊敬される。

 ・シャツや靴下はおろか、トランクスまでアイロンがけする。

 ・ラードをオリーブオイルに変えて、超太った人は減った。

 ・アモーレの国で愛人や浮気が頻発なのだが、離婚は少ない。

 

 というのには、ちょっと驚いた。

 

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 オリーブオイルはイタリアでは昔から富裕層は使っていたはずだが、庶民もラードをより高価なオリーブオイルに変えていくことで健康増進が図れたようだ。経済力が上がったからだろうが、厚生労働行政の成果なのかもしれない。

 

 離婚が少ないのは、結婚にやたらとお金がかかるからだと本書にある。まあ日本でもお金というより市役所に届けるなどの手間が大変で、電子行政に詳しい某教授は「二度と結婚なんかしないぞ」と怒っていた。

 

 鉄道の遅延も、ストライキのような特殊事情でなければそんなにひどくなさそう。ただ、遅配・誤配は当たり前の郵便事情はひどいようだ。日本郵政の郵便会社の指導があれば・・・と思う。(冗談だが)

 

 最後に、イタリア人が怒り出す「なじり言葉」を教えてもらったのがいい。「Sei un antipatico」(お前は不愉快な奴だ)というのがそれ。容姿や知能をバカにされるより数倍グサリと来るらしい。もちろん旅行で使うつもりはない。欧州政府の役人に気に入らないヤツがいてイタリア人なので、そいつに今度会ってケンカになったら言ってやるつもりです。

名探偵明智小五郎

 日本のミステリー界の先駆者と言えば、この人を措いて他には考えられないのが江戸川乱歩。ミステリーの創始者であるエドガー・アラン・ポーの名前をもじったペンネームで、第二次世界大戦前から欧米ミステリーを紹介している。特に気に入ったロジャー・スカーレット「エンジェル家の殺人」は、翻案小説として「三角館の恐怖」の題名で発表している。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/04/03/000000

 

 乱歩の後に、横溝正史高木彬光鮎川哲也などの大家が続いたのも、先駆者乱歩の功績あったればこそとは思う。ただ乱歩自身の小説は、本格ものは多くない。どちらかと言えば幻想的で、猟奇的なものが多い。名探偵の代表格と言われている「明智小五郎」だが、その登場作品は多くないのだ。その少ない作品群から、短編4作、中編1作を収めたのが本書。

 

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 時代的には戦前のものから戦後まで、かなりの開きがあるようだ。「D坂の殺人事件」でデビューした時は容疑者にされていた明智が、「地獄の道化師」では押しも押されもせぬ名探偵になっている。「少年探偵団」の小林少年も助手として登場する。

 

 久しぶりにこの5編を読んでみて、懐かしさもあったものの「明智小五郎」という名探偵を高くは買えなかった。確かにトリックとその推理による解決は面白い。ただ問題として、作者の文体や表現、ストーリーの進め方がいまいちなのだ。過度に恐怖をあおる怪奇小説っぽい部分も多いし、三人称視点で話を進めながら時々「楽屋落ち」のような一節が現れる。

 

 この中では、「心理試験」の一編が僕の心に残った。試験官が言葉を投げ、連想できる言葉を返させる形式の試験である。被検者が回答に要した時間も記録される。2人の容疑者に同じ言葉を投げ、回答とそれに要した時間のリストが読者に提示されている。試験官が検査結果で迷っていると、明智が事件に直接関係はないと思われる単語から真相を推理して見せる。

 

 普通の乱歩全集では、明智小五郎ものは方々に散らばっているのが普通だが、本書にはそのエッセンスが集まってる。そういう意味では、貴重な1冊でしたね。

「車引き」の戦果と限界

 太平洋戦争前に建造され、戦いの中でほぼ全て失われた特型駆逐艦という艦種は、帝国海軍に特有のものだ。同時期の他国の駆逐艦に比べ大型で、速力も航続力も高い。もちろん武装も強力だ。駆逐艦はといえば、もともとは主力艦や船団を魚雷艇のような小艦艇の襲撃から守るためのものだ。高価な主力艦を新兵器だった「魚形水雷」すなわち魚雷から守る役割で、「水雷艇駆逐艦」と呼ばれたのが呼称の由来。しかし特型駆逐艦は特に魚雷兵装が強力で、その高速と合わせて「巨大な水雷艇」として開発されたものだ。

 

 本書の主人公である特型駆逐艦「雷」は1932年に就役、開戦後太平洋狭しと暴れまわり1944年に米国潜水艦の雷撃で沈没している。

 

◆「雷」 吹雪型一等駆逐艦

 ・基準排水量 1,680t 公試排水量 1,980t

 ・出力 5万馬力 最大速力 38.0ノット

 ・航続距離 14ノットで5,000マイル

 ・乗員 219名

 ・兵装 50口径12.7mm連装砲3基6門、13mm機銃2門 

     61cm三連装魚雷発射管3基9門

 

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 太平洋戦争が始まると、香港攻略戦からインドネシア海域に進出、英国巡洋艦「エクゼター」を撃沈している。主力艦の乗員たちは駆逐艦を(艦隊の)「車引き」と揶揄していたが、艦隊運用は駆逐艦なしにできなかったことも確かだ。「雷」も船団護衛から哨戒、対潜水艦戦闘に奔走する。戦線が膠着したガダルカナル戦では、「ネズミ輸送」という兵站輸送にも従事した。「ルンガ沖夜戦」にも参加し、米軍艦隊司令官スコット少将ごと巡洋艦アトランタ」を雷撃して沈めている。

 

 本書の筆者は下士官として「雷」に乗っていた人で、生き残って戦後海上自衛隊でも勤務している。実際に戦場を経験しただけに、本書の細部にはリアリティがある。筆者は第三砲塔の砲手だったが、戦闘で第一・第二砲塔が破壊された後も、敵艦を撃ち続けた。引き揚げるとき破壊された砲塔に駆け付け、配備についたまま首を失ったり、胴体が焼けて小さくなってしまった戦友を見て涙している。

 

 最強の兵器「酸素魚雷」は、確かに敵の巡洋艦を葬った。しかし酸素発生装置は被弾した場合などには危険物にもなる。攻め一方のスペックゆえに、守勢に回った時の限界もあったということでしょうね。