新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「車引き」の戦果と限界

 太平洋戦争前に建造され、戦いの中でほぼ全て失われた特型駆逐艦という艦種は、帝国海軍に特有のものだ。同時期の他国の駆逐艦に比べ大型で、速力も航続力も高い。もちろん武装も強力だ。駆逐艦はといえば、もともとは主力艦や船団を魚雷艇のような小艦艇の襲撃から守るためのものだ。高価な主力艦を新兵器だった「魚形水雷」すなわち魚雷から守る役割で、「水雷艇駆逐艦」と呼ばれたのが呼称の由来。しかし特型駆逐艦は特に魚雷兵装が強力で、その高速と合わせて「巨大な水雷艇」として開発されたものだ。

 

 本書の主人公である特型駆逐艦「雷」は1932年に就役、開戦後太平洋狭しと暴れまわり1944年に米国潜水艦の雷撃で沈没している。

 

◆「雷」 吹雪型一等駆逐艦

 ・基準排水量 1,680t 公試排水量 1,980t

 ・出力 5万馬力 最大速力 38.0ノット

 ・航続距離 14ノットで5,000マイル

 ・乗員 219名

 ・兵装 50口径12.7mm連装砲3基6門、13mm機銃2門 

     61cm三連装魚雷発射管3基9門

 

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 太平洋戦争が始まると、香港攻略戦からインドネシア海域に進出、英国巡洋艦「エクゼター」を撃沈している。主力艦の乗員たちは駆逐艦を(艦隊の)「車引き」と揶揄していたが、艦隊運用は駆逐艦なしにできなかったことも確かだ。「雷」も船団護衛から哨戒、対潜水艦戦闘に奔走する。戦線が膠着したガダルカナル戦では、「ネズミ輸送」という兵站輸送にも従事した。「ルンガ沖夜戦」にも参加し、米軍艦隊司令官スコット少将ごと巡洋艦アトランタ」を雷撃して沈めている。

 

 本書の筆者は下士官として「雷」に乗っていた人で、生き残って戦後海上自衛隊でも勤務している。実際に戦場を経験しただけに、本書の細部にはリアリティがある。筆者は第三砲塔の砲手だったが、戦闘で第一・第二砲塔が破壊された後も、敵艦を撃ち続けた。引き揚げるとき破壊された砲塔に駆け付け、配備についたまま首を失ったり、胴体が焼けて小さくなってしまった戦友を見て涙している。

 

 最強の兵器「酸素魚雷」は、確かに敵の巡洋艦を葬った。しかし酸素発生装置は被弾した場合などには危険物にもなる。攻め一方のスペックゆえに、守勢に回った時の限界もあったということでしょうね。