新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

サイバー戦争を予言したシリーズ

 軍事スリラーものの大家トム・クランシーは、生涯で何度も共著者を変えている。1998年頃から、近未来スリラーの新しいシリーズ「Power Plays」を始めたが、この時の共著者がマーティン・グリーンバーグ。同名のSF評論家がいて、Wikiでもなかなか正体がわからないが、どうも何らかの編集者のようだ。

 

 本書はこの2人の共著による、「Power Plays」シリーズの第二作。前作「千年紀の墓標」ではマンハッタンに仕掛けられた核爆弾の事件を解決した私企業の軍事部門「剣」が、本書でも活躍する。主人公は巨大ICT企業「アップリンク」のCEOゴーディアンとその仲間たちである。世界に張り巡らせた通信ネットワークと先端暗号を含む高い技術力で「アップリンク」はデジタル業界に覇を唱えているが、ライバル企業「モノリス」の裏工作で乗っ取られそうになっている。

 

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 ニューヨークの証券市場、ワシントンDCでのロビー活動、サンノゼでの会社経営とゴーディアンは忙しい日々を送っている。特に「モノリス」が仕組んだ「暗号技術規制撤廃法案」が成立しようとしていて、先端暗号技術の輸出に制限をかけている現状を変え、無制限に輸出・海外移転可能とする企みには徹底抗戦をしている。現在の米国のファーウェイ規制の20年も前の作品であることを考えると、正しい未来予測と言えよう。

 

 「モノリス」のケインCEOは、インドネシアの軍人や南シナ海の海賊、日本のヤクザともつながりがあり、ヘロイン密輸などにも一枚かんでいる。「アップリンク」のシステムには「モノリス」が仕組んだバックドア(!)があり、ゴーディアンらの行動が自分たちの犯罪計画に邪魔になると判断した彼らは、ゴーディアンの暗殺すら企む。

 

 「モノリス」の企みに、ヒューミントの手法で気づいた「剣」のメンバーは、海賊たちに拉致され殺されてしまった。善玉が古風なヒューミントで諜報すれば、悪玉の方がサイバーセキュリティの穴をついた「デジタル諜報」をしているのが面白い。結局最後はアメリカ海軍への奇襲攻撃を企む彼らに「剣」の一撃がくだるのだが、いくら大企業とはいえ私的な軍隊をもつというのはやりすぎではないかと思う。まあ、デジタルプラットフォーム企業が国並みの力を持つ時代をクランシーが書きたかったというのは、分からなくはないですが。すごい予測ですが、さしものGAFAも軍事力は持っていませんよ。BATが持っているかどうかは知りませんけどね。

会社は株主のもの・・・

 本書は、以前「憲法おもしろ事典」「民法おもしろ事典」を紹介した、弁護士ミステリー作家和久峻三の「おもしろ法律シリーズ」の一冊。のちの生活の安定を思って工学部に進学し、法学者になることをあきらめた僕にとって、大学生以降「法律は趣味」になっていた。・・・本当は、ただ法学部入学が難しかっただけである。地元の大学の法学部の定員は50人しかなかったので。

 

 ミステリー好きの僕としては、刑法・刑事訴訟法が最初の趣味の対象になるのだが、高木彬光「白昼の死角」などを読んでいると、法律を盾に取った犯罪も多いことがわかってきた。例えば「手形パクリ詐欺」のようなもの。法律にうとい素人にハンコをつかせるなどして「完全犯罪」をたくらむわけだ。「完全犯罪となる殺人」などよりはこちらの方が簡単に思えたので「商法」というのも勉強してみようと手に取ったのが本書である。

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 かつて米国からモノ言う株主がやってきて、日本の善良な企業を乗っ取ろうとする騒ぎがあったし、株式ってなんなんだっけと思った。日本の大きな企業に入ると、当時は企業一家のような雰囲気があり、「会社は従業員のもの」という意識があった。取締役は従業員の「あがりポスト」だし、従業員持ち株制度などがあって従業員みんなで会社を盛り立てよう・・・と総務部が宣伝していた。

 

 しかし「会社は株主のもの」で資本主義ってそうだよねと思っていた僕は、入ったこの会社&従業員の行動様式には疑問を持った。持ち株制度をかたくなに拒否して総務部長ににらまれてから、僕の「企業内ハグレ鳥人生」が始まる。本書は入社後10年余経って読み、あらためて本書で自分の考えが間違っていなかったことを確認した。

 

 面白いのはこの時点(1992年発表)ですでに、電子計算機利用詐欺が取り上げられていること。銀行オンラインシステムのオペレータのお姉さんが、入れあげた男のために電子的な金銭横領をする話だ。それから30年近くたっているのに、デジタル系の法体系整備は十分ではない。無体財物たるデータを盗んでも窃盗にならないのだから。一昨年亡くなった和久先生に申し上げるわけにはいかないから、立法府の皆さん宜しくお願いしますよ。

クライシス・コミュニケーション

 今年初めに三菱電機日本電気へのサイバー攻撃があったとの報道があり、いずれも1~2年過去のものだったにもかかわらず、しばらく世間を騒がせた。産業界ではこのような事態を受けて、改めて「クライシス・コミュニケーションどうあるべき」の議論が始まっているらしい。

 

 平時にどんなリスクがあるかを株主などのステークホルダーと意思疎通するのが「リスク・コミュニケーション」なら、有事に監督官庁含む外部とどう連携するかが「クライシス・コミュニケーション」である。今封切られている「FUKUSHIMA50」も、その種のシーンを扱った映画である。

 

 日本の歴史で一番大きなインパクトがあった「クライシス・コミュニケーション」と言えば、本書にいう「大本営発表」だろう。そういう意味で、本書を読み直してみた。著者は平櫛元陸軍中佐、大本営報道部員だった人。戦後自らが70歳を越え、複雑な思いを込めて本書を脱稿したとあとがきにある。

 

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 筆者が当該報道部にいた期間は長くなく、半分程度は太平洋戦争の経緯をたどったものだが、特に開戦前の高揚した気分などは当時の多くの国民と共有できたものだとある。開戦前に欧米からの情報を遮断し、言論統制を敷いていた大本営は、「リスク・コミュニケーション」としてメディアや各界と交流し、地方の「婦人会」などを通じて戦意高揚を図った。

 

 ただ開戦時には真実を伝えていた報道も、戦局の悪化に伴い不正確になっていく。例えば1944年の台湾沖航空戦では、

 

・撃沈 空母11、戦艦2、巡洋艦

・撃破 空母8、戦艦2、巡洋艦

 

 と発表されたが、その実空母2、巡洋艦4が損傷しただけだった。一方損害は未帰還機312となっていたが、その実600機以上が失われていた。このころになると、もはや海軍では敵を撃退できないことが分かってきた。すると「じゃあ俺の出番だ」と陸軍がしゃしゃり出てきたと本書にあるのは、「省益あって国益なし」と揶揄される霞ヶ関のロジックに思える。

 

 エピソードとして報道員が敵性国のスパイに買収されそうになった件や、大相撲の横綱をどう宣伝に使ったかなど面白いことはある。しかし著者自らが言うように「軍隊以外のことを知らないものが、ジャーナリスト(やその後ろの民衆)と接するのだから、うまくいくはずはなかった」というのが正しいだろう。もって他山の石とすべし、と思いながら巻をおきました。

Global TAX Warfare

 いわゆるGAFAのような企業が税金を十分に払っていないという指摘は昨年急に脚光を浴びてきて、フランスなどは(ルクセンブルグEU本社のある某社に)独自の課税をすると息巻いている。EU内のサービス提供は、どこかの加盟国で税金を払えばいいはずなのに・・・である。これはルクセンブルグ等がEU内で、安い税率を定めれているからだ。

 

 同じような話は昔からあって、本書にあるケイマン諸島のように税金がタダ同然の国にペーパーカンパニーを置いて「タックス・ヘイヴン(税の避難所)」としていた個人・法人は少なくない。本書は、証券会社の創業社長が租税回避地に持っていた約1,000万ドルの隠し金を、社長の急死で託されることになった財務部長深田の運命の変遷を描いたものである。

 

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 深田本人は実直なサラリーマン、社長を個人的に崇拝していて社長も(娘婿よりも)彼を信頼している。このカネは、社長がコツコツ貯めて海外に隠したものとバブル期に会社として買った美術品を海外で売却した代金が混じっている。深田は幼馴染で海外投資に詳しい坂東と、かれが紹介した外資系ディラー稗田に頼んで、この口座を処理しようとする。やり手女ディラー稗田は、社長個人資産と美術品売却代金を分割し、後者は日本に戻して申告し、前者を香港の隠し口座で運用することを提案する。

 

 40歳過ぎで独身、見栄えもよろしくない深田が、実直なだけのサラリーマンから徐々に派手だがストレスの多い国際(闇)金融の世界にのめりこんでいくプロセスには迫力がある。一方証券会社の相続を調査した国税庁バツイチ女調査官宮野有紀が、多くのゼニの亡者や国税をにくむ人々と知り合って成長していく物語も、1/3ほど含まれている。前半の二つのストーリーについては学ぶことが極めて多く、賞賛できる。(解説の竹中平蔵先生もほめている)

 

 ただ終盤、深田と有紀が知り合って個人的に付き合い始めるころから、プロットがゆがんでくる。税査察に入ったところの財務部長と、いくら子供がなついているからと言って付き合ってしまう国税査察官というのはいただけない。ミステリー系の作家だったらもう少しスリリングな終盤を描いたのではないかと思う。

 

 作者幸田真音は証券ディーラーなどを経て、1995年に「小説ペッジファンド」でデビュー、「日本国債」で名を挙げた人だ。時々TVの「サンデーモーニング」に出演している。この作者の諸作、勉強のために読んでおくべきでしょうね。

小説の形をした教科書

 柘植久慶という作家には多くの軍事スリラーの著書があって、「前進か死か」全6冊などは本当にリアルな作品で何度も読んだ。一方ビジネス書やサバイバル書も多く、「パーフェクトコマンダー」という前線指揮官の心得を書いた本は、以前紹介している。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/05/26/140000

 

 本書「国家転覆」は、日本の政治を憂慮した男たちが国会議事堂を占拠して新政府を樹立、数々の改革を計る物語である。120名の壮士を隠れ蓑としての警備会社に集め、ロシアや中国で軍事訓練をし、ロシアからAK-47、ドグラノフ、RPG-7から対空ミサイルまで入手するプロセスにアイデア満載である。

 

 時代は、日本では「自・社・さ」の村山政権、米国ではクリントン(夫)政権のころ。朝鮮半島や中東で緊張が高まる中、日本の政治は迷走し、省益あって国益のない官僚に壟断され、産業界は活力を失っていく。

 

 これを憂えた男たちの中に、東南アジアでクーデターを指揮した経験を持つ日本人がいた。彼を前線指揮官に、実業家や財界の大物が加わってクーデターの計画がまとまっていく。単に国会議事堂を占拠するだけではなく、その後の政権確立、経済政策、外交政策も含めて緻密な計略が練られていく。

 

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 作者は本当に米国の民主党政権が嫌いで、他の著書でも「阿呆なカーター大統領」とか、「LGBTに支援されて当選したクリントン大統領」とののしっているし、後に「オバマ大統領暗殺」のストーリーで書いた本もある。本書でも、クーデター政権を認証しないであろうクリントン大統領を、あらかじめ暗殺しようとする。

 

 小説としても「いくらなんでも」と思うのだが、これも柘植久慶流。だから僕は本書は小説としてよりは、クーデターの手順を示した教科書と思っている。上記のように政権交代して社会全体を改革するプランが、多少乱暴ではあるが示されているからだ。

 

 例えば市民へのバラ撒き給付でも、貯金されてしまわないように10回裏書き(つまり流通)した後でなければ最終的に償還しない債券を使えと書いてある。これなどは今のコロナ対策ででも使えそうに思う。クリントン暗殺はともかく、日本の政治改革もこのくらいの「気持ち」をもって進めてほしいなとは思います。