新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

親分衆の前での「名探偵」振り

 笹沢左保の「木枯し紋次郎シリーズ」でも、指折りの面白さを持つのがこの中編集。60~70ページの中に事件があり、謎があり、意外な結末があるのがお約束だが、本書の中の「桜が隠す嘘二つ」ほど見事な時代劇ミステリーは滅多にない。下総の国境町では、地場の貸元仁連の軍造の娘が婿取りをしようとしていた。その披露宴には関八州と近辺の親分衆が出席することになっており、名だたる貸元が集まり始めていた。

 

 軍造の兄貴分大前田栄五郎始め、吉田の長兵衛、水野弥太郎という下総の長老格の名前で、披露文書を回したゆえである。

 

甲州 三井の卯吉

信州 小諸の大吉

上州 国定忠治

豆州 金竜の富三郎

下総 笹川の繁蔵

下総 飯岡の助五郎

三州 駒井の源太郎

 

 ら21名が集まる。甲州の竹井の吃安は名代を送ってきた。国定忠治は故郷で「全国指名手配」されているのだが、義理のためにはと駆け付けてきた。しかし披露宴を前に肝心の娘が刺殺されるという事件が起きる。死体のそばをたまたま通りかかった紋次郎は、軍造配下のヤクザたちに拘束されてしまう。

 

        f:id:nicky-akira:20200918213421j:plain

 

 地場の親分の娘を手に掛けようという者などいるはずもなく、容疑者が全く浮かばないまま22名の親分衆が集まる大座敷に、紋次郎は引き出される。「下手人ではござんせん」といくら言っても信じてもらえない中、紋次郎は死体の発見された場所や傷口についた桜の花びらを手掛かりに、事件の真相を語り始める。

 

 よく名探偵が関係者を一堂に集め謎解きをするフィナーレがあるのだが、ここは大物の貸元たちが集まっているゆえにその迫力は並みではない。ベスト時代ミステリーに推すゆえんである。

 

 そのほか、流れ者の紋次郎に「もったいなすぎるような定住条件」が提示される「旅立ちは三日後に」も印象深い。当時の流れ者は若いうちはともかく年を取れば「野垂れ死に」は当たり前だった。本編では、娼婦あがりの女とはいえ夫婦になり、小作ではない農家を跡目を継げるという誘い。さすがの紋次郎も三日間迷うことになる。

 

 表題作「虚空に賭けた賽一つ」では、紋次郎は山育ちで各々得意な得物(山刀・槍・弓矢・石礫・樫の棒)を操る、野獣のような8人兄弟と対峙する。本格ミステリーから人情話、アクション編などさまざまなバリエーションを見せてくれるこのシリーズ。あと数冊残っているのが楽しみです。

テロ組織<マカベア>の長、ユダ

 本書(1997年発表)は、ジャック・ヒギンズのショーン・ディロンものの1冊。以前紹介した「悪魔と手を組め」に続く作品で、英国首相の私兵であるファーガスン准将、バーンスタイン主任警部とディロンの3名が活躍するシリーズだ。1992年「嵐の眼」で主役として登場したディロンは、この時はまだIRAのテロリスト。迫撃砲弾でメージャー首相を狙うが、首相は間一髪危機を逃れる。

 

 その後ファーガスン准将に協力を強制されていたディロンだが、この頃にはトリオの活躍を普通に受け入れている。バーンスタイン主任警部はユダヤ系の女性で、アイルランド人のディロンには、敬意を持っている。ウィットもあり頭も切れるのだが、決して恋愛感情は持てないという。それは、ディロンがいとも簡単に人を殺すから。それでも本書では囚われの身になった彼女が、人質の娘に「ディロンは必ず来てくれる。期待を裏切ったことは無い」と告げる。

 

 30年近く前、政治家の息子でハーバード法科の学生だったキャザレットは、ヴェトナムの惨状に心を痛め、大学を辞めて志願兵となる。戦場で活躍し中尉になった彼は、ある日ヴェトコンから救出したフランス人女性と恋に落ち、一夜を共にする。その結果その女性ブリサック伯爵夫人は、美しい娘マリーを出産する。

 

        f:id:nicky-akira:20210406182740j:plain

 

 その後米国に戻ったキャザレットは英雄として父親の跡を継ぎ、上院議員になる。伯爵夫人はフランスを訪問した彼に、マリーはあなたの娘だと告げてじきに亡くなる。この秘密は3人だけのものだったが、ユダヤ系のテロ組織<マカベア>の諜報網はこの事実を掴む。そして米国大統領となったキャザレットに、マリーを誘拐して脅しをかけてくる。「娘を助けたければ、中東3国を米軍で攻撃せよ」と。

 脅迫のメッセンジャーに選ばれたのがディロン、彼はマリーを救うためファーガスン准将とホワイトハウスを訪問する。今回は英国首相も知らない、米国大統領の私兵としての闘いを、ディロンたちは迫られる。

 

 このシリーズの常として、悪役の設定が面白い。<マカベア>の長は、ユダと名乗るユダヤ人。周到な計画性と人心掌握力、諜報力・組織力で、ホワイトハウスダウニング街にもネットを張っている。この狂っているが恐ろしい敵に、ディロンは果敢に挑戦する。

 

 前作ほどではないにせよ、実に面白い活劇でした。1995年の「闇の天使」が見つけられません。しつこく探してみますよ。

100年前の「スモール・ベースボール」

 トランプ先生が「中国ウイルス」と連呼したのをきっかけに、米国で東洋人へのヘイト・クライムが増えてきている。日系・韓国系の人も含めて、生命・財産の危険にさらされているが、これは長く蓄積されてきたプアホワイトたちの不満が噴出したものだろう。このようなことは110年前からあったと、本書にある。米国同様西海岸に増えていた東洋系移民に、カナダの非東洋人が集団で暴行を働いたのが1907年。

 

 安い労働力として入ってきて仕事を奪い、生活習慣も変えず交流もしない移民たちへの不満が爆発、暴徒は中華街などを打ち壊してバンクーバーの日本人街にも迫った。これを投石などで撃退した日系人の中に、野球の経験のある「馬車松」こと宮本松次郎と野球少年たちがいた。

 

 米国に遅れてはいたものの、カナダでもプロ野球が始まり、セミプロ・アマチュアのリーグがいくつもあった。そこに日本人・日系人だけのチームとして殴り込んだのが「バンクーバー朝日」。宮本が監督を務め、ミッキー、テディの2枚の投手と得意技を持った選手たちで、アマチュアの強豪にのし上がっていく。

 

        f:id:nicky-akira:20210405143424j:plain

 

 大柄な白人炭鉱夫のチームと戦うときはバントや盗塁を多用、機動力で相手の剛力を封じた。いわば「スモール・ベースボール」である。小柄な日本人チームが白人たちを打ち負かすさまは、現地で差別や貧困に苦しむ日系人たちを勇気づけた。

 

 アマチュアリーグで優勝するようになり、チームはセミプロリーグの挑戦する。しかしそこでは、思ったように勝てない。そこにやってきたハリー宮本という男は、さらに徹底した「スモール・ベースボール」を考案して選手たちに徹底する。ハリーは肩を壊して速球が投げられなくなったミッキーには多様な変化球を教え、事故で片手を失い内野手が出来なくなったジミーはナックルボーラーとして投手をさせた。2代目監督ハリーの下で、チームはセミプロリーグでの優勝を目指すのだが・・・。

 

 本書の冒頭、2002年にトロントで地元ブルージェイズシアトル・マリナーズの試合の前に、90歳を越えた「朝日」の選手たちを迎えたセレモニーのシーンがある。マリナーズからは、イチロー・佐々木・長谷川の3選手が彼らを称える役割を果たしている。

 

 100年前の日系移民の苦労やその生きざまを含めて、いろいろ教えられることの多い書でした。今度バンクーバーに行く機会があったら「朝日」のこと、調べてみましょう。

捜査検事霧島三郎

 高木彬光が産み出した名探偵は、神津恭介に始まり、百谷泉一郎夫婦、大前田栄策、墨野隴人などがいるが、TVドラマにもなったせいか本書の霧島三郎の知名度が高い。神津恭介シリーズもTVで放映されるのだが、何しろ天才過ぎて長続きしなかったようにも思う。名探偵は名探偵でなくてはならないが、小説ならともかくTVドラマだとあまり常識外れな主人公を続けるのは難しい。

 

 その点、名探偵ではあるが常識人でもある霧島三郎というキャラクターは、万人受けするものだったように思う。ただ作者は霧島三郎のシリーズを、1ダースしか書いていない。本書は1973年から「週刊小説」に連載されたもの。1965年に「検事霧島三郎」でデビューしてから5年ほどは毎年2作ほどに登場した主人公も、1970年「灰の女」を最後に新作が出ていなかった。本書の後も1作が出ただけで終わるので、作者はこのキャラクターになにか限界を感じていたのかもしれない。

 

        f:id:nicky-akira:20210303150330j:plain

 

 ある日江上弁護士事務所を訪れた男が、応接間で弁護士の帰りを待つ間に死んでしまった。所持していた薬を飲んだ毒殺らしい。ポケットには半分に切ったスペードのJの札があった。捜査の結果、平田というその男は、全国でかなり大口の詐欺を働いていたことが分かる。さらに半分に切った札については、20年前に似たものが登場した事件があることを江上弁護士が知っていた。その事件では、満州帰りの料亭の女将<ハルピンお春>が惨殺されている。お春は満州からソ連侵攻前に引き揚げていて、大量の麻薬を持ち帰った可能性がある。さらに全身に派手な刺青をした女丈夫だった。

 作者のデビュー作「刺青殺人事件」でも自雷也・綱手姫・大蛇丸の刺青が登場するが、本書でもお春の娘と思われる杉山勝枝は、背中に龍と弁天様を背負った上に内股にトランプ模様も彫った女である。法曹界の先輩の江上弁護士の息子や娘婿も事件に絡んできて、先輩からの依頼も受けた霧島三郎は捜査の指揮を執り始める。

 

 検事というよりは、指揮下の警官や検察事務官の地道な活動がち密に書き込まれているのが、このシリーズの特徴だと思う。事件そのものは結構ヴィヴィッドなものだが、関係者も少なくて「犯人当て」ならば難しくはない。このシリーズはやはり捜査検事の雰囲気を味わうものですね。それがひとわたりできたところで、1ダースで終了になったのかもしれません。

 

World Intelligence 2019

 本書は、元NHKワシントン支局長でジャーナリストの手嶋龍一氏と外務省で「ラスプーチン」のあだ名で呼ばれた主任分析官だった佐藤優氏が、当時の世界情勢を語ったもの。「中央公論」2019年8~11月号の記事向けに行われた対談がベースになっている。

 

 題名は「日韓激突」となっているが、内容は韓国・中国・イランなど中東・米国と日本の情勢を網羅している。日韓間の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄、安倍首相のイラン訪問・ハーメネイ師との会見、トランプ・金正恩会談、米国大使館のエルサレム移転、ホルムズ海峡での日本タンカー攻撃、習大人の「新長征」宣言・・・など、たった1年半前の事なのに、忘れてしまった国際的な事件たちのことを思い出させてくれた。

 

 両者の視点は「Intelligence」、手嶋氏はこれを「国家が生きぬくための選りすぐりの情報」と定義する。再三「Five Eyes」のことも出てくるが、米国が世界のリーダーを辞めようとしていた時代に、日本は生き抜くために英国や英連邦との関係は重要で、参考とするのはイスラエルだとのこと。脈絡はないのだが、いくつかためになる情報があったので記してみると、

 

        f:id:nicky-akira:20210206123112j:plain

 

・韓国は半島国家だったが38度線封鎖によって、海洋国家になった。

  ⇒ なるほど、それで竹島を支配し、空母を作って日本に対抗するのか。

安倍総理は、父親(外相)の秘書時代からイランにパイプがある。

  ⇒ これをトランプ先生との仲介に役立てようとの訪問だった。

・英国高官は訪中時、スマホ等は持って行かない。データを全部抜かれる恐れ。

  ⇒ 確かに、このくらいのことはできる「社会インフラ」は整備済み。

プーチンの政策は成功し中間層が増えたが、彼らは「反プーチン」になった。

  ⇒ 貧困層はやむなく「強いリーダー」に盲従するが、中間層は違う。

・韓国への強硬姿勢など、安倍官邸の外交は本来外務官僚が望まないやり口。

  ⇒ 外務省は官邸を陰で「現代の帝国陸軍」と呼んでいる。中核は経産省

・習大人は共産党を愛してはいない。政治権力を得る道具と捉えている。

  ⇒ あからさまにこの種の発言があり、ひょっとすると党内に不満が?

・(タンカー攻撃などの)犯行の証拠を握っても、それを示すデメリットもある。

  ⇒ 情報収集力があることを知られてしまう。アトリビューションの難点。

 

 いろいろ考えさせてくれ、ヒントを貰えましたよ。