新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

伊賀と甲賀

 昔少年サンデーというマンガ雑誌があり、小学生の僕は「伊賀の影丸」という連載を一番の楽しみにしていた。先年事故で亡くなった横山光輝の作品としては、「鉄人28号」よりずっと好きだった。忍者というものの実像はかなり歪められていたのだが、それは子供向けということで仕方ない面があったろう。

 
 この作品のせいか、忍者といえば伊賀と甲賀が有名になった。その他真田忍軍や小田原の風魔一族、柳生一族等々時代小説にはいろいろな忍者が登場している。小説となるとさすがに荒唐無稽な忍術は影を潜め、身体能力に秀でていたり、長年にわたって対象の土地や家に入り込む忍耐力、園芸や料理のような特技を持つものなど、普通の人間+αくらいのレベルまで降りてきて、現実的な忍者になっている。

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 リアルな忍者像を紹介した大家、池波正太郎は本書で7つの忍者エピソードを書いている。主として戦国時代の物語だが、いずれもひとひねりしてあって単純な戦いの話ではない。
 
 さて本書でも取り上げられる伊賀と甲賀だが、実は隣接した地域である。マンガや小説でよく「伊賀対甲賀の血で血を洗う対決」が描かれているが、史実としてはそのような抗争はなかったらしい。三重県内のJR関西線沿線、伊賀上野や柘植のあたりが、いわゆる伊賀の国。織田信長が2度にわたり掃討戦を行って、住民に多数の犠牲者を出したところだ。信長が一般住民を対象にした戦闘を命じたのは何度かあるが、多くは一向一揆などの強硬勢力に対してのことである。この場合、信長が伊賀の住民の何に怒ったか(あるいは恐れたか)はわからない。
 
 JR線は柘植で分かれ、滋賀県草津へ向かっている。これが草津線で、柘植を出ると三重県滋賀県の県境を越え最初の駅油日に着く。ここから貴生川のあたりまでが甲賀の国である。伊賀も甲賀も山がちなところで、大規模農業には不向きである。それゆえ、傭兵として諸国の大名に忍者を派遣することがあったのだろう。スイスの最大輸出品が、傭兵だったのと似ている。飛んだり跳ねたりは別にして、道端の草木の薬としての効果や、栄養の取り方などは伝承された「術」だったらしい。
 
 実は、NINJAの母方の祖父母は甲賀の出身だった。祖父は太平洋戦争中物資が不足する中で、小さな庭で植物を育て糊口をしのいだという。魚のアラなどから、いかに効率的に栄養を抽出するかにも詳しかったらしい。僕自身は「術」は知りませんけどね。

異文化だからこそ、大好き

 僕ら夫婦の国内での旅行先と言えば、一番多いのは函館、次は宜野湾である。沖縄には10余年前に仕事で行って、それからちょくちょく通うようになった。一時期中国からの観光客(ビザ不要のエリアなので)に締め出されていたのだが、昨年3年ぶりに1週間の滞在ができた。

 

3年ぶりのムーンオーシャン - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)

 

 降り注ぐ陽光と独特の音楽、ゆったりと流れる時間が大好きなのだ。そんな思いで手に取ったのが本書。2002年に発表された「沖縄人解体新書」をリライトしたもので、少し古いがウチナーンチュの本質が変わるとは思えない。筆者の仲村清司氏は、大阪生まれのウチナーンチュ二世。彫りの深い顔立ちなどから、子供の頃は「ガイジン」とあだ名されていたという。

 

 しばらくは東京/大阪から両親の故郷沖縄を見つめていた筆者だが、ある時沖縄移住をする。行ってみての沖縄は、また違う世界だった。筆者はその体験から、沖縄の真の姿をヤマトンチュに分かってもらおうと紹介を続けているわけだ。沖縄文化は、

 

・テーゲー(大概)主義 大まかに受け止める楽天指向

・ナンギー(難儀)主義 些細なことでも難事と捉え、5分も歩かずタクシーに乗る

・ナンクル主義 困ったことになっても「ナンクルナイサー」と躱す

 

 に代表されると、筆者は言う。

 

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 長男が家督と墓を継ぐこと、モヤイと呼ばれる頼母子講の一種が残っていること、血族(門中)の結束が固いことなどは、僕が尾張の地で産まれた60余年前のそれに似ている。懐かしさも覚える一方で、男があまり働かず女性は「妻・母・主婦」としてバイタリティ豊かに働くというのは、少し男が甘えすぎのようにも思う。

 

 現実に沖縄は離職率・転職率が全国一、離婚率も一位なのだそうだ。沖縄の男は一般に内向的なのだが、酒が入るとDVに走るケースも少なくないらしい。さらに情けないということだ。ちなみにそのお酒、言わずと知れた「泡盛」なのだが、沖縄人は相対的に酒が強く、呑み始めたら止まらない人も多い。

 

 今夜呑もうかとなると「夜に合おう」と約して別れる。時間は決めないのがウチナーンチュ流、全部のメンツが揃うのはPM11時ころ。そりゃ午前様にもなるわね。翌朝役に立たなくても仕方ない。うーん、懐かしいようで異文化!でも好きですね沖縄。

ピーターとアイリスの出会い

 パトリック・クェンティンという作家は、非常に複雑な執筆体制をとっていた。これ自身ペンネームで、ほかにQ・パトリックというペンネームも持っていた。実態は、

 

リチャード・ウィルスン・ウェッブ

ヒュー・キャリンガム・ホイーラー

 

 の共作である。1931~1935年にウェッブが単独もしくは他の共作者とミステリーを発表していたが、2人で書いた最初の作品、1936年発表の本書でメインキャラのダルース夫妻とレンツ博士が登場する。

 

 高校生のころ「二人の妻を持つ男」を読んだのがパトリック・クェンティンの最初の本なのだが、のちにこれはホイーラー単独作品だとわかる。ただこれがサスペンスものだったことから、他の作品に手が出なかった。最近Book-offでこの作者の本をまとめて買ってきて、年代順に読んでいこうと本書を手に取った。

 

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 ダルース夫妻のデビュー作である本書「迷走パズル」では、2人はまだ夫婦ではない。ピーター・ダルースは演劇プロデューサなのだが2年前に妻を劇場火災で亡くして酒浸りになり、今はレンツ博士の療養所でアルコール依存症のリハビリ中だ。女優志望のアイリスも鬱病で入院していて、二人は出会う。ピーターはアイリスを舞台女優にすると公言して一緒に社会復帰を図るのだが、療養所内の連続殺人事件に巻き込まれてしまう。

 

 力自慢の元ボクシング選手である介護人が、拘束衣で自由を奪われて窒息死したのだ。薬で眠らせたり殴って気絶させた形跡はなく、現場に駆け付けた警部は、

 

・いたずらにしては奇妙なユーモア

・事故だとすれば実に奇妙な事故

・殺人とすれば最も頭のいいやり方

 

 とため息をもらす。被害者に無理に拘束衣を着せようとしたら、男6~7人がかりでないと難しそうだ。事件以前にも、ピーターの耳に「逃げろピーター、殺人が起きる」とか、投資家のラリビーには「xx株が暴落する」・・・などの声が聞こえてくる。

 

 加えて入所者が全員一筋縄ではいかない患者、教養ある高貴な婦人が盗癖があったり、能力の高いフットボール選手が(頭を打って)自分はコンビニ店員だと思い込んでいたり、交霊術に取りつかれた若者がいたり・・・。

 

 ユーモアたっぷりではあるけれど、しっかりした謎も意外な解決もある立派な本格ミステリーでした。作者はこのあと徐々に作風を変えたと解説にあります。次の「パズルシリーズ」の作品が楽しみです。

東京駅の新幹線ホーム

 東京駅に東海道新幹線以外の新幹線が乗り入れたのは、いつのことだったろうか?東北新幹線上越新幹線は上野どまりだったはずだ。もちろん秋田新幹線山形新幹線北陸新幹線も。だからあまたのアリバイ崩しミステリーはあるのだが、複数の新幹線を絡めたアリバイの話はあまりなかった。しかし本書(1998年発表)の時点では、上野~東京間のJR東日本の新幹線ルートが開業して、すべての新幹線が東京始発にできるようになっている。本書の最初のページに、新幹線だけの路線図が載っている。

 

・東京~岡山

・東京~長野

・東京~新潟

・東京~山形

・東京~秋田

 

 本書では、被害者は新潟に行くと言ってなぜか姫路で殺され、その間に容疑者は秋田を往復したとアリバイを主張する。いずれの列車も東京発で、

 

・新潟行き「あさひ1号」700発

・博多行き「のぞみ3号」656発

・秋田行き「こまち11号」650発

 

 と短い間隔で並行するプラットフォームから出発する。今回伸介&美保が挑む容疑者は、被害者を巧みに操りながら自らのアリバイも用意しておく抜け目のない人物だった。

 

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 発端は横浜市の天王橋近辺に住む女子高校生が、塾帰りに刺殺されるという事件。目撃者もおらず通り魔の犯行かと思われたのだが、被害者の姉が美保の友人だったことから二人は警察より早く手がかりをつかむ。彼女はしばらく前に姫路に旅行した時、姫路城で富豪の老婦人が刺殺される場面を目撃していた。

 

 被害者は襲われる直前に銀行預金をすべて解約、2億4,000万円の現金にして信頼している銀行員に自宅へ運ばせたらしい。そのカネを巡って一人の容疑者が浮かぶのだが、姫路の事件当時、秋田に行っていたとのアリバイを主張する。元々旅好きというこの男、妻を亡くしてからふらりと列車そのものに乗る旅をする「鉄道ヲタク」。その日もわずか40分秋田にいただけで東京にとんぼ返りしている。

 

 例によって複数のアリバイトリックの組み合わせだが、本書はそれよりも事件背景に興味がわいた。夫を亡くし金貸し業を止めた被害者は、強欲な甥たち以外の親族がなく豪華な「ケアマンション」探しをして罠にかかる。犯人の方も妻を亡くして一人暮らし、まじめな生活が一転凶悪な犯行に走る。

 

 現代社会の暗部を切り取って見せるのも津村秀介の得意なこと、このシリーズの一面ですよね。

殺人犯を追いながらグルメ

 一昨年亡くなった内田康夫は多作家である。浅見光彦信濃コロンボ、岡部警部などのシリーズもののほかノンシリーズのミステリー、紀行文など作品は140冊にも及ぶ。累計発行部数は2007年の時点で1億部を越えている。ミステリー作家というと自らの私生活は秘密、ペンネームを使って本名も明かさない人もいるのだが、この人はその点非常にOpen。

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 浅見光彦ものでは、自ら「軽井沢のセンセ」という名前でしばしば登場する。出版社としては、大変ありがたい流行作家である。本書もその特徴を十二分に表したもので、中心になるのは10編の地方グルメを食べ歩いた紀行文である。登場人物は4人、出版社のタカナカさん(婦人警官ともやゆされる女性、スポンサーでもある)とカメラウーマンのむつみさん、センセと光彦クンである。

 
 もちろん浅見光彦は架空の人物なので、写真に写るわけにはいかない。もっぱらセンセが美味しいものを食べている写真が多い。表紙の写真は、本書の文庫化(2010年)にあたり特別に4人が10年ぶりに邂逅、三河湾佐久島に「大アサリ丼」を食べに行く前祝いに、名古屋のかしわ料理店「鳥久」で「味噌炊き」をつつくセンセの姿である。
 
 10編の紀行文は、京都・箱根・鎌倉・日光などの観光地やセンセの地元軽井沢や近隣の松本のほか、最終回には香港まで出かけている。その中でのセンセと光彦の会話が面白く、多くの作品を引用しながら「ここではXXを書くための取材をしに2泊して、○○を食べた」とか、「あれを食べたのはセンセなのに、僕(光彦)が食べてけなしたように書かれて困っている」などとやりとりしている。
 
 竹村警部(信濃コロンボ)のように官憲だと、自分のテリトリーの事件にしか関与できない。その点ルポライターなどというヤクザな商売の光彦なら、日本中のどこに現れても構わない。光彦ものが、必然的に旅情シリーズになったゆえんである。
 
 軽井沢のセンセがほぼ「下戸」だったのは驚きだが、本書に満載されているように大変美味しそうに食べ物を食べておられる。140冊もの著作を書くには、エネルギーが大量に必要だったでしょうから・・・お疲れさまでした。