新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

真の教育改革への第一歩

 今日、海の日から高校生までの子供たちは夏休みが始まる。別に「COVID-19」のせいだけではなく、日本の教育制度は難しい面が多い。

 

・大学を出ても社会人として通用しない人も多い。

・大学の奨学金の重さに耐えかねている社会人。

・増えすぎた大学と「水増し」が出来なくなって経営難になる私学。

ゆとり教育、反ゆとり教育、英語リスニング、デジタル等に振り回される現場。

 

 のような話をよく耳にする。昨年度から「大学入試センター試験」に代わって「大学入学共通テスト」が実施されている。僕自身は「センター試験」の前の「共通一次」すら経験していない世代。正直、どこがどう変わったのかも知らないでいた。

 

 2019年発表の本書は、「21世紀型教育機構」理事で長く教育界におられる石川一郎氏の著書。「共通テスト」について、AI&グローバル時代に生き残るための教育改革の第一歩だというのがその主張。「共通テスト」は各大学が採否を選べることや、英語については民間テストを採用できることなどの手続き論はさておき、教育によって身に着けるべき3つの思考コードをちゃんと図れるようにしたことが大きいとある。

 

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 3つの思考コードとは、

 

A:知識・理解

B:応用・論理

C:批判・創造

 

 で、Aについては日本の教育はよくやってきた。しかし詰め込み式で細かな知識を追い求め(●×試験を極め)た結果、自分では考えることのできない「指示待ち族」を量産してしまった。近年はBも重視されてきたが、読解力そのものの不足もあって、Bが十分に発揮できる人は少ない。もともとBは、AとCを結ぶための思考コード。Cの充実こそが重要だし「共通テスト」はそれをある程度計ることができるという。Cの例として、「あなたがザビエルのように未知の土地で何か(キリスト教の布教)をしようとしたら、どうしますか?600字以内で答えなさい」という設問が挙げられていた。

 

 確かに社会人になったら、いかに一流校卒で六法全書を暗唱しているような人でも、自分がどうするかを判断できなければ「ただの歩く六法全書」となってしまう。上司はスマホで法律の検索ができるようになったら、彼を必要としなくなるだろう。

 

 「C思考コードが未熟な人は、AI時代にはAIに使われるだけ」と筆者は言います。方向性はそれでいいと思うのですが、それこそ高校までの教育現場は対応できるのでしょうか?

 

PS:その後記述式テストについては「公平性が保てない」として、2025年以降に延期されました。

「COVID-19」対応に見る日本の病理

 本書は感染症専門医で「ダイアモンド・プリンセス号」に乗り込んで、その実情をYouTubeに公開した岩田健太郎医師が、2020年3月に緊急出版したもの。「COVID-19」とは何かから始まり、巷間言われる感染対策のうち意味のあるもの・ないものを示したうえで、危機管理に関する日本の問題点にまで言及した書である。

 

 まだ第一波の緊急事態宣言だ出される前に、著者はかなり正確に「COVID-19」の行方を予測している。もともとコロナウイルスは、ほとんどの人は感染しても自然に治ってしまう。特に治療法もないし、免疫力を高める以外は酸素吸入など対症療法しかない。免疫力を人為的に高める手段はワクチンだけだと、冒頭にある。

 

 これまでにもSARSやMERSの流行はあったが、日本はそれらの影響を大きく受けなかった。感染症学の専門家も少ないし、米国のCDCに相当する機関もない。飛沫感染ウイルス対策として、

 

・手指消毒が最も重要

・マスクは感染させない効果はあるが、感染しない効果はない

PCR検査は6割の感染者しか判定できない。陰性でも未感染の証明にはならない

 

 と示し、巷間言われる「無駄な努力」がいかに多いかを嘆いている。どうせ「ゼロ・リスク」にはできないのだから、疲れ切るほど「対策」をしても長続きしないだけだと手厳しい。

 

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 「ダイアモンド・プリンセス号」で感染者急増という事態に対し、厚労省はDMAT(災害派遣医療チーム)を送り込んだ。しかし彼らは地震・大火災などで人命救助にあたるのが任務。感染症についてはほとんど知識がない。そこで感染症学会が専門家を送るのだが、厚労省+DMATと衝突して撤退してしまう。その後、手を挙げて船に乗り込んだ筆者は、

 

感染症対策の保護着の着脱法も知らない

・安全、危険ゾーンを分けることもしていない

 

 現状に驚く。しかも検査をするのに3,000名の乗員乗客から、同意書を紙で(!)とると聞いて制止しようとする。紙を媒介した感染拡大が目に見えていたからだが、厚労省の指針に「紙で同意をとれとある」として押し切られる。数時間で筆者は船から追い出されるのだが、緊急事態にものちにどうとでも言い逃れできる「霞ヶ関文学流」の広報に怒りを禁じえない。

 

 ずっとマイナーだった感染症学。デジタル業界でのセキュリティ技術者に似ていますね。どちらのウイルスも、対処の考え方は似ていますし。

最大の脅威は日本の経済力

 バイデン政権が明確に「ライバルは中国」と名指ししたが、その少し前は「Pax Americana」の時代だった。1980年代に米ソ冷戦は解消に向かい、ライバルはいなくなった。しかしソ連の凋落・軟化と同時に、新しいライバルの芽が出てきたことはある。それが日本。1990年ごろの米国内の調査では「ソ連の軍事力より、日本の経済力の方が脅威」という結果が出ていた。

 

 1991年発表の本書は、後に作家に転じるが当時はジャーナリスト(NHK政治部記者)だった手嶋龍一氏のノンフィクションである。1980年代後半、日本は支援戦闘機F-1の後継機として、三菱重工中心に独自開発する構想を持っていた。中曽根・レーガン時代のことだ。米国の本音は、既存の戦闘機をそのまま買ってほしいというもの。しかしそれを強行すれば、日本を独自開発に走らせてしまう。

 

 すでにテレビ・家電・半導体といった分野で日米逆転が起きていて、例えば米国は日本市場のシェア20%分を米国半導体メーカーに譲るよう強制(日米半導体交渉)していた。この上、安全保障にかかわる戦闘機と関連技術で追いつかれるようなことがあってはならない。米国は「共同開発」することで手打ちにしようとした。

 

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 日本側は、次期支援戦闘機FSXは実質的に21世紀の主力戦闘機と考えていた。既存のF-15F-16F/A-18などを大きく上回る性能が必要だった。しかしフェーズドアレイ・レーダー(これも半導体だ)や姿勢制御技術には自信があるものの、エンジンや戦闘用プログラムでは米国に一日の長があることも確か、これらを全部実装するには「共同開発」も仕方がないと妥協した。

 

 しかし米国でレーガン政権がブッシュ政権に代わると、状況が一変する。日本と違って強大な権力を持つ議会がホワイトハウスに盾突き、FSX共同開発を白紙にするよう迫ったのだ。それは、議員たちの地元経済が日本によって困窮させられていて、これ以上日本を利するなという声が高まっていたのだ。

 

 筆者は東芝機械事件や湾岸戦争での日米対立などを含めて、当時の関係者にインタビューし本書をまとめた。確かに平成初期は、日米関係が一番悪かった時代かもしれない。しかし今も民生技術を含めた経済安全保障や半導体産業の再興などを日本政府は標榜しています。国際的な技術戦争は、まだまだ続きますからね。

大物スパイを巡る闘い

 本書は1980年発表、東西冷戦はそろそろ終わりを迎えるころなのだが当事者にはそんなことは分からない。軍事の競争もそうなのだが、諜報戦もピークに達していた。この時代を裏の裏から描くことができるとすれば、マイケル・バー=ゾウハーは最高の作家といってもいい。

 

 すでに「過去からの狙撃者」などを紹介していて、確実にモサドの一員だったと思われる。のちにイスラエル上院議員にもなるのだが、諜報戦の実態にこれほど詳しい人は少ないと思う。そんな作者がCIA対KGBの暗闘を赤裸々に描いたのが本書である。

 

 いわゆる諜報戦とは、「007映画」のようなものではない。銃器を使うことなどまずなく、情報をどうするかがポイントだ。より重要な情報に接することができるスパイこそが価値が高い。二重スパイ・三重スパイもいくらでもいるし、政府の高官だって情報提供などのスパイ行為をしている可能性はある。相手国はその地位が高ければ高いほど重要なので、その地位保全(要はバレないようにすること)には全力を尽くす。

 

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 物語はひょんなことでCIAがKGBのかなり高いところに潜らせた「モール(もぐら)」である暗号名パンドラの正体が、バレそうになっていることを知るところから始まる。せっかくのモールを機能を維持したまま守れるか、だめなら救出するか、あるいは消すか・・・CIA長官ハーディは大統領と対策を協議する。

 

 実はパンドラの正体を暴かれかねない文書が存在していて、それがロンドンの文書管理機関から消えてしまった。偶然それを手に入れたフランス娘は、KGBに命を狙われることになる。CIAはロンドンの資産に警戒態勢をとらせるとともに、元海兵隊将校のジェームズを派遣することにする。

 

 500ページあまりの中で、前半はゆっくりとした普通のスパイスリラーの動きなのだが、300ページを超えたあたりからの展開はめまぐるしい。KGBも術策を凝らすのだがCIAも同じで、ある策略の表の目的と裏の目標が入り乱れるのがおもしろい。函館空港にMig-25が亡命した件(史実)もストーリー中に出てきて、その真の目的(と作者が示したもの)にも、読者はびっくりするだろう。

 

 初めて読んだのですが、本書はスパイスリラーの傑作だと思いました。下手をしたら第三次世界大戦は近いと思わせるような現代、勉強する価値のある本だと思います。

デストロイヤーの誕生

 頭のどこかで「サピア&マーフィー」という共同作者名を覚えていた。何を読んだのか、どんなストーリーだったのかも覚えていない。ところがある日、いつものBook-offで本書を見つけた。著者名は「ウォーレン・マーフィー&リチャード・サピア」となっている。あ、これこれと思い。裏表紙の解説も読まずに買ってきた。

 

 帰りの列車で解説を読み、本書が映画化もされた「デストロイヤー:レモ・ウィリアムズもの」の第一作だと分かった。分かったはいいのだが、若い頃読んだのかどうか記憶は戻らなかった。

 

 タフで愛国心があり家族を持たないブルックリンの警官サム・メイキンは、自分の葬儀の映像を見せられる。整形手術もされていて全くの別人となった彼は、大統領直属の「暗殺人」に採用されたのだ。彼を含めた特殊機関CUREは、表には出せない米国内の闇を葬るのが役割。米国を治療(Cure)するのがその名の由来だ。

 

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 格闘も射撃の腕も一流の彼だが、指揮官スミスはそれでは不十分だとして北朝鮮から暗殺者の師範チウンを招いてレモを鍛える。チウンの家系は、歴代ツタンカーメン王を暗殺するなど地球の帝王史を塗り替えてきた。呼吸術を極め水の上を歩き、至近距離から発射された銃弾をよける<シナンジュ>という技を使う。腕を一振りすれば、相手は自然死としか思えない状況で死ぬ。

 

 もはやSFだが、チウンの言動が面白い。米国人は死んだ牛を食い、肉は胃の中で腐っているとけなす。オーガニックのコメは喜んで食べるが、日本人がコメに酢を混ぜるのは卑しい食べ方だと非難する。アジア人は美しいが、日本人は不誠実、中国人は怠慢、タイ人はのろく、カンボジア人は頭がおかしい、ビルマ人は非常識で強欲・・・と朝鮮民族こそが唯一の優良民族という。

 

 レモの訓練がまだ不十分なうちに、CUREの最初の仕事が降ってきた。米軍への武器供給を担う巨大産業「グローブ社」が担当将軍と組んで私欲をむさぼっている情報が得られたのだ。レモは軍事演習場にのりこみ、グローブ社社長と将軍を始末しようとするが・・・。

 

 米国で60冊以上が出版され、3,000万部以上が売れたという大ベストセラーだそうです。ただ、どう考えてもミステリーでもアクション小説でもありませんね。SF・ファンタジーだと思います。