新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

大物スパイを巡る闘い

 本書は1980年発表、東西冷戦はそろそろ終わりを迎えるころなのだが当事者にはそんなことは分からない。軍事の競争もそうなのだが、諜報戦もピークに達していた。この時代を裏の裏から描くことができるとすれば、マイケル・バー=ゾウハーは最高の作家といってもいい。

 

 すでに「過去からの狙撃者」などを紹介していて、確実にモサドの一員だったと思われる。のちにイスラエル上院議員にもなるのだが、諜報戦の実態にこれほど詳しい人は少ないと思う。そんな作者がCIA対KGBの暗闘を赤裸々に描いたのが本書である。

 

 いわゆる諜報戦とは、「007映画」のようなものではない。銃器を使うことなどまずなく、情報をどうするかがポイントだ。より重要な情報に接することができるスパイこそが価値が高い。二重スパイ・三重スパイもいくらでもいるし、政府の高官だって情報提供などのスパイ行為をしている可能性はある。相手国はその地位が高ければ高いほど重要なので、その地位保全(要はバレないようにすること)には全力を尽くす。

 

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 物語はひょんなことでCIAがKGBのかなり高いところに潜らせた「モール(もぐら)」である暗号名パンドラの正体が、バレそうになっていることを知るところから始まる。せっかくのモールを機能を維持したまま守れるか、だめなら救出するか、あるいは消すか・・・CIA長官ハーディは大統領と対策を協議する。

 

 実はパンドラの正体を暴かれかねない文書が存在していて、それがロンドンの文書管理機関から消えてしまった。偶然それを手に入れたフランス娘は、KGBに命を狙われることになる。CIAはロンドンの資産に警戒態勢をとらせるとともに、元海兵隊将校のジェームズを派遣することにする。

 

 500ページあまりの中で、前半はゆっくりとした普通のスパイスリラーの動きなのだが、300ページを超えたあたりからの展開はめまぐるしい。KGBも術策を凝らすのだがCIAも同じで、ある策略の表の目的と裏の目標が入り乱れるのがおもしろい。函館空港にMig-25が亡命した件(史実)もストーリー中に出てきて、その真の目的(と作者が示したもの)にも、読者はびっくりするだろう。

 

 初めて読んだのですが、本書はスパイスリラーの傑作だと思いました。下手をしたら第三次世界大戦は近いと思わせるような現代、勉強する価値のある本だと思います。