新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

部屋が人を殺せるものかね?

 1935年発表の本書は、不可能犯罪の巨匠カーター・ディクスンの<H・M卿もの>。作者は、歴史・剣劇が好きで、大陸(特にフランス)が大好き。初期の頃はパリの予審判事アンリ・バンコランを探偵役にしたシリーズを書いていたが、英国を舞台にした巨漢探偵2人(H・M卿とフェル博士)のシリーズで人気を博した。

 

 本書も冒頭「そもそも、部屋が人を殺せるものかね?」という言葉で始まる。フランス革命のころから血塗られた歴史を持つ家具調度が英国に運び込まれ、実業家マントリング卿の邸宅の一室に収まっている。この部屋は<赤後家の間>と呼ばれ、一人きりで2時間過ごせば誰もが死ぬと伝えられる。

 

 これまで、翌日に挙式を控えた娘や謎を暴くと息巻いた青年など、すでに4人が死んでいる。マントリング卿は自らが選んだ識者らを邸宅に集め実験を試みるのだが、その中には大英博物館長ジョージ卿やテアレン博士らに交じってH・M卿の姿もあった。

 

        

 

 カードでモルモット役を決め、ある男が選ばれた。彼は部屋に入って鍵をかけ、30分ごとに応答していたのだが、2時間近くなって応答が無くなった。H・M卿らが扉をこじ開けて入ると、死後1時間ほど経った死体が見つかる。死因は謎の毒(南米の部族が狩りに使う神経毒クラーレ)だが、毒を注入したらしき傷跡がない。邸宅には南米部族の吹き矢や槍が所蔵されていて、毒はそれらから抽出された可能性がある。

 

 密室の謎、毒の注入法、死亡時刻の謎が絡まり、過去の4件の死亡事件の謎も加わって、流石のH・M卿も打つ手がない。駆け付けたマスターズ主任警部は、独力で事件の謎を解いたとH・M卿に自慢するのだが、その時新たな殺人が起きる。

 

 中盤(作者の好きな)フランス革命以降の歴史が語られるところが、少し冗長。しかし、冒頭の怪奇趣味・鮮やかな推理と大団円は作者の作品中でも3本の指に入る傑作のように思います。本書も、野毛の古書店で見つけたものですが、50年振りに読んだのに何ヵ所か覚えていましたよ。懐かしかったです。

 

名門男子校での殺人事件

 1990年発表の本書は、自身英語教師でもあるW・エドワード・ブレインのデビュー作。作者は、写真を見ると「サンダーバード」の科学者ブレインズを思わせる風貌である。「寄宿舎という閉鎖空間での事件、青年たちの姿が鮮明」との評価があるが、他の作品については情報がない。舞台となっているのはバージニア州にあるモンペリエ校。6年制の男子校で古い歴史地区にあり、豊かな自然の中で学生全員が寄宿舎生活を送っている。実際首都にも近いバージニア州に、モンペリエ(うーん、フランス風)歴史地区というものがある。

 

 登場人物の多くは16歳前後の男子学生。日本と違うのは、運転免許を持っていて夜、街に繰り出したりする「全寮制」の実態。お酒はもちろん、男女交友もかなり進んでいる。何しろ人気授業が「生物」で、それは動物を通じて性行為の勉強ができるから。学校自体にキリスト教の影響は大きく、性行為も「神が認めた崇高なもの」と教えられている。一方で教師夫妻の寝室をのぞいたり、男同士の行為にふける青年たちの「情熱」も止められない。

 

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 通常の学業以上に推奨されるのが、課外活動。主人公の学生トマスは、バスケットボール部に所属しているが担当教師から演劇もするよう勧め(求め・・・かな)られている。トマスは対外試合でフリースローやパスを決められず、演劇の方でも「オセロ」の中で振られた役割に納得できない。スポーツはともかく、本書の最初から最後まで(学芸会にも見える)オセロの上演に学校ぐるみで尽力する姿は興味ふかい。

 

 そんな平和な日々を打ち砕いたのが、レスリング選手が首を折られて殺された事件。ニューヨークの場末の劇場で殺された男娼の手口と同じで、校内に殺人鬼がいるのではとの緊張が走る。その後も犠牲者は出るのだが、紙幅の多くは学生と教師の日常に費やされる。女子校とのパーティやトマスの淡い恋の影で、「危険な情熱」をもった殺人者が次の犠牲者を求めて動き回っていた。原題の「Passion Play」はこの意味だろう。

 

 500ページもの大作で、サスペンスでも純粋な本格ミステリでもない印象。この時代でも名門校だと黒人学生は一握りなのだな・・・など、違った興味を持たせてくれた作品でした。

 

国際的機密ブローカー「L」

 1937年発表の本書は、以前紹介した「一角獣の殺人」に引き続き、英国の諜報員ケン・ブレイクとイーブリンが登場するカーター・ディクスンの<H・M卿もの>。そもそもH・Mことヘンリー・メルヴェール卿の得意は怪奇な事件と密室の謎。しかし彼は陸軍諜報部長官なのだから、エスピオナージ色の強い作品があってもいいと思っていた。本書はまさにそれにあたる。

 

 「一角獣・・・」の事件で親密になったケンは、ついにイーブリンと結婚することになった。しかし結婚式を間近に控えた日に、H・M卿からの電報で観光地トーキー(デボン州)に呼び出される。与えられたミッションは、付近に隠棲しているドイツ人ホウゲナウアを探ること。この人物は「天才」と評判をとって、大陸から渡ってきた。彼が国際的機密ブローカー「L」の居場所を知っているらしいのだ。

 

        

 

 この人物は、WWⅠ時代には鳴らしたドイツスパイ。本当に協力する気なのか、何か企んでいるのか探れと言うのがケンに与えられたミッション。H・M卿の友人でもある、現地警察部長チャーターズ大佐に援けてもらえとある。ところが現地に入ったケンは、毒殺されたホウゲナウアの死体と遭遇する。

 

 ところが彼の従者は「ホウゲナウアは友人のケッペル博士を訪ねて行って、今ここにはいないはず」という。70マイル離れた村にドイツ人ケッペル博士を訪ねたケンは、ここでも毒殺された博士の死体を見つける。しかも2人の被害者の死亡時刻はほぼ同じだった。偽札偽造団と疑われたり、田舎警察に逮捕されたり、警官や牧師に化けて逃げまどったり、悪戦苦闘しているケンのもとに、イーブリンも応援に駆けつけて事件を追うのだが・・・。

 

 本書の最大の謎は「これって何の事件?」ということらしい。確かに殺人事件はあるし、不可能興味もあるのだが、読者は最終章まで何が起きているのかわからないと思う。解説では「これが新しいミステリーのなぞ」というのだが、単にドタバタ(例のファース)劇ではないかとも思う。

 

 やっぱり作者には、正々堂々不可能犯罪に挑んで欲しいですね。ちょっと残念。

管轄外の再捜査に挑むティベット

 1971年発表の本書は、パトリシア・モイーズの<ヘンリ&エミーもの>。以前紹介した「死の贈物」の次の作品にあたる。デビュー作「死人はスキーをしない」でも、ヘンリたちはイタリアアルプスのスキー場で事件に巻き込まれるのだが、今回の舞台もスイスの山村モンタラ。冬には富裕なスキー客であふれるが、短い夏には庶民がコンドミニアムにやってくる観光の村だ。

 

 ロンドンでヘンリたちの隣人だった彫刻家ジェーンは、夫を亡くしてモンタラ村の山荘でひとり創作活動中。フランスの大物政治家の妻シルビィと仲良くなって、行き来するようになる。村でスキー講師をしているロバートと、コテージの管理人アンヌ=マリーは美男美女のカップル。しかし映画スターのジゼル夫婦がやってきて、ロバートが不倫に走ってしまった。ロバートはパリまでジゼルを追いかけていったが門前払いされ、酒浸りになって村に戻ってきた。そのロバートが刺殺され、アンヌ=マリーが逮捕された。

 

        

 

 アンヌ=マリーは無実を主張するが、状況証拠は完ぺきで有罪判決が出た。ただ情状酌量があって、懲役3年だが修道院で3年過ごすという執行猶予が付いた。ジェーンは釈然としないものを感じ、友人のヘンリ夫妻に事件について説明する。この村で休暇を過ごしたこともあり、アンヌ=マリーも知っているヘンリとエミーは(管轄外ではあるが)再捜査を始める。

 

 ジゼル夫妻やシルビィ一家など関係者の多くは、事件の日にはパリにいたというアリバイがある。ヘンリは赤ちゃんを産もうとしているアンヌ=マリーを救うため、真犯人探しとアリバイ崩しに挑む。

 

 ジェーンやエミー、シルビィらが「わたし」として登場する章の連続なので、やや混乱しがち。加えて1章が長く、段落の切れ目も少ない(10ページほど文字が埋まっていることも)のでちょっと読みづらい。それでも、謎解きは面白かったですね。

 

柊検事、忍びの道を研究す

 1993年光文社文庫書き下ろしの本書は、以前短篇集「蛇姫荘殺人事件」を紹介した、弁護士作家和久峻三の「赤かぶ検事もの」の長編。高山地検時代、法廷に好物の赤かぶをぶちまけてしまったことから異名が付いた柊茂検事は、京都地検に異動してきている。

 

 京都の春を彩る「都をどり」をのんびり見物する柊検事は、愛嬌のある若い舞子と寄り添う青年を見かけた。ところがその舞子静香、本名針谷朝子が殺され、容疑者として警察が逮捕したのがあの時の青年針谷賢二、二人はいとこ同士だった。

 

 京都府警の行天燎子警部補から、検事が聞いた事件のあらましは、

 

・静香は伊賀上野の商人篠崎、尾関の二人の座敷を下がった後、行方不明に

・翌朝北山のモーテルで全裸絞殺死体となって発見された

・凶器は彼女自身の腰ひも、その他の衣装は賢二の車のトランクにあった

・死体の脇には紫に着色した米が、何かの記号の形に並べられていた

・死体は、判読不能だが古いB5サイズの和紙を呑み込んでいた

 

        

 

 というもの。針谷家は甲賀水口の忍者の家系、着色した米は忍者が仲間との通信に使う道具「五色米」らしい。青・黄・赤・黒・紫で、色と形で意思疎通をするものだ。京都府警の女傑行天警部補は、夫で滋賀県警の行天珍男子巡査部長から、忍の道の専門家大矢を紹介してもらい、甲賀・伊賀を巡って事件の背景を探る。

 

 この夫婦探偵が戯画的で面白い。妻の方が職位が上、背も高く体力もあって美人。夫は小柄で醜男だが、知能犯罪を担当するインテリだ。事件はその後忍者屋敷である針谷邸での密室殺人にまで発展、柊検事は「忍道」を学びながら事件の真相に迫る。

 

 残念なことに、表紙にあるような忍者は出てきませんでした。京都から甲賀(僕の母方の祖父母は水口に近い油日の出身)にわたる風物詩と謎解きの物語。それなりに堪能しましたが、京都で名古屋弁というのはあまり合いませんね。