新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

カーボンニュートラルの罠

 2016年発表の本書は、昨日「生存者ゼロ」を紹介した安生正の<ゼロシリーズ>第三作。作者は建設会社勤務とあって、感染症の恐怖を描いた第一作、軍事スリラーとしての第二作より、専門に近い内容かもしれない。今回日本政府や関係者が向き合うことになる脅威は、地球のコアからくる地震や噴火。しかし純粋な自然災害と言えないところが、いかにも作者らしい。

 

 主人公は、地球物理学と土木工学を学んだ技術者木龍。ゼネコン太平洋建設の現場責任者として、浦安人工島で立坑を掘る工事を指揮し、事故を起こしてしまった過去を持つ。退職して50歳となった今は高校教師、事故でPTSDを患って家庭も失ってしまった。

 

 浦安人工島の立坑はその後も工事が進み、2021年になって大規模地熱発電所として完成した。マグマに海水を注入し発生する高圧・高温のガスで発電するもの。原発20基分の発電能力がある。しかし木龍は、なぜか胸騒ぎを感じる。

 

        

 

 一方、北関東では不思議な惨害が続いていた。足尾町で有毒ガスによる大量死が発生、富岡町では噴火が起きて甚大な被害が出た。木龍は恩師の氏永名誉教授から、不思議な老人奥立に会うよう勧められる。奥立はこれらの災害は徐々に大きくなって首都圏に及ぶという。それを止めるため、木龍に立坑堀りをしてくれというのだが・・・。

 

 浦安の地熱発電所には不可解な2年間の工事停止基幹があったのだが、その間に火力発電所等が排出するCO2を浦安の立坑から地下に埋設する仕組みが作られたらしい。この極秘計画を主導したのは、カーボンニュートラルを求められた経産省。奥立はその後ろ盾だった。このCO2注入が、マグマの異常を産んだものらしい。

 

 PTSDを病み現場に戻りたくない木龍の技術者としての矜持は立派だし、マグマの制御に失敗する科学の見通しも面白い。それでもマイクル・クライトンらのパニックSFに比べると、ちょっと違和感が残ります。それはシリーズすべてについて言えることですが。

北海道を襲う見えない敵

 2013年発表の本書は、以前「ゼロの迎撃」を紹介した安生正の<ゼロシリーズ>三部作の第一作。第11回「このミステリーがすごい」大賞受賞作である。第二作「ゼロの迎撃」がそれなりに面白かったので、シリーズ作を探していたところ2冊同時に手に入った。

 

 第二作は間違いなく軍事スリラーだが、本書は自衛隊の活躍や文民政権の無能振りを描いているところは同じでも、パニックサスペンスの色が濃い。物語は厳寒の2月、根室海峡にある石油プラント<TR102>からの交信が途絶えたところから始まる。たまたま付近にいたとの理由で(本来は海上保安庁のミッションだが)護衛艦DDH「くらま」は現地に急行した。

 

 ヘリコプターでプラントに向かった廻田三佐らは、血まみれになって死んでいる8人のプラント従業員を発見する。エボラ出血熱のような感染症が疑われ、廻田らは直ちに隔離、官邸は事件を伏せたまま感染症の専門家富樫博士を呼び出す。

 

        

 

 富樫は有能な学者だが、西アフリカのガボンで研究にあたっていて妻子を亡くしている。帰国してから国立感染症研究所に勤務するのだが、予算削減に激しく抵抗して職を追われていた。ただその後の研究所の能力低下がひどく、官邸は事態究明ができる唯一の学者である富樫を秘密裏に招かなくてはならなくなったのだ。

 

 富樫は研究所を離れてから麻薬に溺れ、妄想も見るようになっていた。それでも<TR102>の事件に取り組み、廻田らからの聴取も行う。一方廻田も、部下を死なせてしまった悔恨からナイトメアを見るようになっていた。2人の心に傷を負った男を中心に、物語は進んでいく。治まったかに見えた事件だが、9ヵ月後中標津の村が同様の症状で全滅した。さらに道東全体が危険になり、大都市札幌にも見えない魔手が迫っていた。

 

 感染症研究者・自衛隊指揮官らの魂の叫びを受けても、官邸官僚や閣僚は前例にしがみつき自らの保身を図るばかり。少し薄っぺらさを感じますが、大賞受賞の看板はダテではないですね。

核兵器廃絶への道

 創元推理文庫にはジャンルを表すマークがあって、本格ミステリーは帽子をかぶった男の頭のシルエット上に「?」、サスペンスは猫という具合。伝奇・怪奇小説には古代の帆船が描かれていた。ほとんど読まなかったそのジャンルだが、「小鼠:グランド・フェンウィック大公国」シリーズは何冊か読んだ記憶がある。

 

 伝奇というよりはアイロニカルなファンタジーで、馬鹿馬鹿しさもあるのだが、なぜか数冊買っていた。その第一作を、先日Book-offで見つけた。それが1955年発表の本書。作者のレナード・ウィバリーは、ノンフィクションやジュブナイルまで幅広い作風で知られるアイルランド出身の米国作家。

 

 北アルプスの一角(5✖3マイルの領土しかない)を占める、グランド・フェンウィックの人口は6,000人ほど。22歳の公女グロリアナ12世が元首で、唯一の輸出品は特産のピノー・ワイン。ところがカリフォルニアのワイン業者がその模造品を売り始めていて、財政は苦境にある。業者に抗議すると相手は「本物と変わらない味・香り」と、抗議されたことを宣伝材料に使うしたたかさ。米国政府に訴えても反応はなく、国内は「水増しワイン」で儲けようとする派と反対派に分かれて政治対立が深まるばかり。

 

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 困った公女は、信頼を寄せるタリイ青年のアイデアを容れて、米国に宣戦布告する。ワインの復讐というより敗戦後の復興支援(うーん、マーシャルプランだ)を期待したものだったが、米国政府は無視してきた。主戦派タリイは20余名の志願兵を募り、帆船を雇ってニューヨークへ出撃する。

 

 そのニューヨーク、コロンビア大の物理学者コーキンツ博士は、プルトニウムより2~3桁威力が大きいカジウムを使った「Q爆弾」を開発し終えていた。米国政府がその始末に悩んでいるところに、タリイの部隊が侵攻。数々の偶然が重なって、14世紀の装備のタリイたちが博士と爆弾を奪って脱出してしまう。

 

 地球の半分を焦土にできる爆弾が大公国に握られると、ソ連と英国が「保護」を名目に駐留しようとする。米国も含めた3国に、グロリアナ12世が突き付けた条件は「核兵器廃絶、査察は小国連合が行う」だった。

 

 米ソ冷戦、核による相互破壊の恐怖の中、笑える「核廃絶の道」でした。しかし結局、超核兵器でしか核兵器は駆逐できないということでしょうかね?

ユリとケイの新人時代

 1998年発表の本書は、以前「ダーティペアの大復活」を紹介した高千穂遥のSFシリーズ。WWWAのトラブルコンサルタントである黒髪のぶりっ子ユリと、赤毛のボーイッシュなケイのコンビの物語。本編は唯一の外伝で、コンビの新人時代のエピソードが語られる。

 

 大学卒業時に、銀河連合における紛争解決専門機関WWWAに彼女たちがリクルートされたのは、トラブル解決能力というより2人で触れ合っている時に不定期の発生する予知能力ゆえ。もちろんトラブルの方も得意なのだが、新人時代にすでに3件の事件を解決しているものの、その度に大事件を起こしている。

 

 地道な捜査にじれてくると「うっさい、ざけんじゃないわ」と叫んでブラスターを撃ちまくるからだ。「悪い人はいなくなりましたが、良い人も・・・惑星すら無くなりました」という次第。

 

        

 

 今回のミッションは、惑星アムニールで蠢く<皇帝の息子たち>の退治である。この惑星では独裁政権が倒れたばかりなのだが、独裁者が超兵器を開発していたフシがあり、その行方が分からない。<黄金宮>のそのヒントがあるらしいのだが、それを探りだせというおまけミッションも付いている。

 

 愛用の小型宇宙船(というより戦闘艦)「ラブリーエンジェル」で現地に向かった二人は、さっそく<息子たち>と撃ち合いを始める。周りの迷惑も考えず(表紙にあるような)バズーカをぶっ放して、惑星そのものに多大の損害を与えながら<息子たち>を排除していく。しかし、ついに敵に大軍に追い詰められ・・・。

 

 窮地に陥った彼女たちを救ってくれたのは、惑星の牧場で誕生を待っていた超生物クァールのムギ。ヴァン・ヴォークトの小説に出てくる黒ヒョウの肩に触手を付けたような怪物だ。誕生したばかりのムギは、2人を主人と認めその敵を消滅させる。

 

 あいかわらずのハチャメチャぶりなのですが、ムギがいないダーティペアは面白くありません。ムギの誕生秘話として、嬉しく読みました。

狼男、犬神明

 本書の作者平井和正は、漫画の原作者を経てSF作家となった人。1963年に「少年マガジン」に連載された「8マン」(画:桑田次郎)で有名になった。この作品はTVアニメにもなり、僕も小学生のころよく見ていた。同時期有名だったのは「鉄腕アトム」だったが、同じロボットアニメでも僕は「8マン」の方が好きだった。後から思うと「8マン」はある種のミステリーだったからかもしれない。

 

 本書の「ウルフガイ」(画:坂口尚)も最初は漫画、後にノベライズして「狼の紋章」(1971年)が出版されることになる。作者のライフワークとなった「幻魔大戦」(画:石森章太郎)も同じような経緯をたどる。

 

 本書の主人公犬神明は狼男、鋭い嗅覚・聴覚をもち、173cm、53kgとスリムだが、並外れた運動能力をもっている。指先でコインを折り曲げることができるくらいだ。ただ月齢で能力が変わり、満月の時には不死身なのに、新月の時には人間並みに弱くなってしまう。よく言われる「ヒーローには弱点を」持たせるべきというわけ。「ウルフガイ」シリーズは30冊以上が出版されているが、僕が購入したのは本書が最初である。

 

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 本書には、犬神以外にも超能力を持つ人物が出てくる。190cm、120kgはありそうな大男大滝雷太、5人の空手家に殴り掛かられても一向に堪えない。犬神に「なぜ反撃しなかった」と聞かれて「お腹空いてたから」と応えるノー天気な男。プロレス界に入るものの先輩たちにいじめられ、ついにキレて5人のレスラーを半殺しにしてクビになる。もうひとりは蛇姫石崎卿子、絶世の美女で予知能力を持ち、原爆の爆発にも生き残る不死身の女だ。さらに雷太の妹大滝志乃、文字通りにらんだだけでその相手にさまざまな不幸をもたらすことのできる霊能力者だ。

 

 荒唐無稽なSFとも怪奇小説ともつかない作品だが、人でもなく狼でもない狼男の矜持は一貫していて、ある種のハードボイルド風な味もある。デビュー作はSFだが、中央大学在学中に書いた習作は「夜の干潮」というハードボイルドだったそうで、その感覚が作品の残っているのかもしれない。

 

 昔漫画雑誌やTVアニメで見た作品に、久し振りに会いました。でもやっぱりアニメの方がぴったりくるかな?