新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

誰かを殺したときの代償

 スパイスリラーの作者で、実際に情報部門を経験した人は多い。彼らの作品は「007ばり」の超人スパイものにはならず、アクションはあるにせよ内省的で、時には哲学的ですらある。本書(1980年発表)の作者テッド・オールビュリーもその一人。英国バーミンガムの労働者階級の家で育ち、ドイツ語・フランス語を習得しパイロットの資格も得て、第二次世界大戦中秘密情報部に勤めた(最終階級陸軍中佐)。

 

 1972年に「敵の選択」でデビュー、非情なスパイ自身の心に潜む、恐怖・怒り・不安・孤独・哀しみなどの感情を抑えた筆致で描いた。ほぼ2ダースの長編があるが、7冊ほどが邦訳されているにすぎない。本書は中期の作品だが、感動的要素に加えミステリー色やサスペンスが横溢していて、代表作と言えると解説にある。

 

 題名の「オデッサ」は、元ナチスSS隊員の組織名、フォーサイスの「オデッサ・ファイル」で有名になった。ナチス親衛隊のOBたちは、身分を隠して世界に散り、互助会のようなものを結成していた。戦争を知らないドイツ人女性アンナは、フランス文学を専攻してユダヤ人のポールと知り合い結婚する。

 

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 結婚から2年が経ち、パリ5区の住んでいた彼女らを、テロリストの爆弾が襲う。お腹の子と夫を失ったアンナは、ポールの父ピエールから、ポールがオデッサを追求するユダヤ人組織の一員だったと知らされる。ポールは4人の戦犯容疑者を追っていて、そのうちの誰かが爆弾を送ったものと思われる。復讐を決意したアンナは、元CIAで銃器店を営むウォーレスから銃器の訓練を受けることから始める。ターゲットは4人。

 

・元SS少佐のヤンセン、シカゴの建設業者

・元ゲシュタポのシュタイン、アムステルダムの美術商

・元SS中佐のミュラー、ロンドンの写真店主

・元秘密憲兵少佐のトロンマー、ポルトガルで大農園を営む

 

 アンナはウォーレスから(卒業祝いで)貰ったワルサーPPKヤンセンを仕留め、アムステルダムに飛んだ。なんとかシュタインも殺したものの、両国の官憲におわれることに。またオデッサの側もアンナの存在を知り、反撃に出ようとしていた。

 

 今の作家が書いたら800ページくらいになりそうなテーマ、コンパクトに300ページに収まっているのがありがたい。アンナに協力することにしたウォーレスが「人は誰かを殺せば、何らかの代償を払うことになる」と言って去るシーンが最高でした。