以前大家司馬遼太郎の「新選組血風録」を紹介したが、そこでは全15編の脇役だった土方歳三が、本書では全編を貫く主人公である。京都の街で血なまぐさい風を吹かせる以前の三多摩での田舎道場の時代に始まり、甲府・下総・会津から箱館に転戦して戦死するまでが描かれている。
日野の郷士の出身で近藤道場の師範代を務める剣客ではあるが、土方は江戸の竹刀剣客には敵わない。道場やぶりが来ると、江戸の道場から代人を借りて試合してもらうような状況だ。やってきた剣客は桂小五郎!
土方は些細な事から地元で一番という剣客と刀を交え、これを殺してしまう。その結果被害者の門弟たちから、付け狙われるようになる。20人を超える集団に、沖田と2人で挑んで何人かを討ち果たすシーンが興味深い。天才剣士沖田は「田舎の喧嘩流ですね」と明るく笑いながら、相手を斬る。
京都で治安を守る「新徴隊」に応募した近藤道場の仲間たちは、運命の徒で京都所司代会津藩お預かりとなって勢力を伸ばしていく。「血風録」では冷徹さだけが目立った鬼の副長を、作者の筆は温かく描いている。近藤のように政治や出世に囚われず、カネにも女にも興味を示さないで、ただ「新選組」をより大きな実践組織にすることだけに注力する土方は、やはり変人なのだ。
田舎の喧嘩剣法に代表される戦闘級から、組織を鉄の規律で固め意のままに動かす戦術級、負傷の近藤に代わって隊の指揮を執った「鳥羽伏見の闘い」以降の作戦級で、土方の軍事能力は開花する。幕軍の顧問としてやってきたフランス人が「フランス皇帝が師団長に迎えてくれる」と褒めたほどだ。箱館戦争では榎本軍の総指揮をとるほどで戦略能力も発揮するのだが、衆寡敵せず。最後は一人の喧嘩屋として函館郊外で戦死する。それが今日、5月11日である。
本書も中学生の頃読んだもの。文庫本上下巻で合計800ページ以上の大作である。それが2020年に映画化(主演は岡田准一)されるのを機に、新書版で合本されたものが今回手に入った。函館は好きな街でなんども通っているけれど、最初に行ってみたのが土方歳三終焉の地。10年以上前の事だった。今度行く機会があれば、是非再訪したいですね。少年時代の思い出として。