本書は回顧録「地下道の鳩」などを紹介したスパイ作家ジョン・ル・カレの、本格的なエスピオナージュ。1968年の発表で、当時は英国のEU(EECだったかな)入りや、東西ドイツ再統一などで世論は沸騰、西ドイツやベルギーではデモの嵐が吹き荒れていたころ。まだワルシャワ条約機構は充分な勢力を持っていたが、作者は東側の政治的行き詰まりと、ドイツ再統一は近いと考えていたようだ。
舞台は、西ドイツの首都ボンにある英国大使館。ある日、ドイツ人の臨時職員ハーティングが機密文書を持ち出して失踪するという事件が起きた。彼はユダヤ系であり、ナチスの迫害を受けて少年期に英国に渡り、故国に帰って大使館職員になった。決して昇進することはなく福利厚生にも恵まれない臨時職員を、真面目に20年続けていた。
そんな彼が、本来アクセスできない機密文書をどうやって持ち出せたのか?またなぜそのようなことをしたのか?英国外務省は、公安部のターナーを現地に派遣し真相の究明と、文書の奪還を図ろうとする。万一文書が公開されれば、英独関係に決定的な不和が生じる。
ターナー自身も決してエリートではなく正義感が強い古いタイプの公安官、現地の責任者である大使館官房長のブラッドフィールドとはソリが合わない。同じ目的を持つはずの2人は、泥臭い現場人と華やかな外交官という対照的に描かれている。
ターナーは決して焦らず、大使館の文書係を中心に綿密な聞き込みをする。前半はほとんどがターナーが関係者に行う(ソフトな)尋問の会話で占められている。なだめたりすかしたり、ある時は意表を突く質問を交え粘り強く関係者から情報を得ようとする手法は、実際に作者が経験したものだろう。
しばらく前に文書係に配属になったハーティングは、変わり者で人付き合いはしないが、事務的にはとても有能で、徐々に文書係の仕事に入り込んでいたという。
<続く>