新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

消えた機密文書と臨時職員(後編)

 英国のEU加盟計画などがあり、大使館の文書係は多忙を極めていた。だから本来なら臨時職員を充てることはない仕事を、ハーティングに任せざるを得なかったわけだ。彼の有能さは役に立ったが、それが事件を招いている。

 

 ハーティングは、目立たない男。休日は教会に出かけて音楽を奏でるなど、敬虔なキリスト教徒だが、他にとくべつな趣味も無さそうだ。しかしターナーの執拗な聞き込みは、ハーティングの隠れた一面をあぶりだす。絶世の美女と婚約していたこともあるし、大使館や西ドイツ政府の高官の妻などに、見事な手管で近づいたという。

 

 機密文書を管理している女性にも近づき、ほんの5分間だけ文書保管庫のカギを持ち出したこともわかる。果たして彼はソ連のスパイだったのか?ハーティングの人物像に、自分と似たものを感じたターナーは執拗に事件をつつきまわす。官房長のブラッドフィールドはその行動に眉を顰め、後半は両者の対立が際立ってくる。

 

        

 

 ブラッドフィールドは良くも悪くも官僚主義、どうせ完全な対応は出来ないと割り切っている。ターナーの捜査対象に、西ドイツ議会の大物議員やドイツ統一を掲げて人気を集める活動家に及ぶようになればなおさらだ。作者が描こうとしたのは、組織の不確実・官僚の老獪さ・扇動者の非人間性だと解説にある。戦後のドイツ人とユダヤ人の意識、ドイツ人を見下す英国人、ドイツ人のナショナリズムなど複雑な人間関係を背景に、姿を見せないハーティングの人間像が徐々にあぶりだされてくる。

 

 暴漢に襲われたり、帰国を命じられながらターナーはハーティングと機密文書を追い続け、ついに第二次世界大戦末期にドイツの小さな町で行われていた陰惨な化学実験に行き当たる。自らスパイだったという作者の、抑えた筆致が重く響く作品でした。段落が少なく、読みづらいのが難点でしたけれど。