新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

戦略上の要衝にあるゆえに

 沖縄の選挙では与党は3連敗している。直近の衆議院議員補欠選挙も、現地出身の元大臣を擁立しながら政治経験のないジャーナリストに敗れた。一方で辺野古基地拡張工事はつづいていて、正直こじれきった事態で、先行きがを憂慮される。ただ僕は普天間基地周辺を何度も歩き、この危険な基地をなんとかすることを優先してほしいと思う。

 
 唐ぬ世から 大和ぬ世
 大和ぬ世から アメリカ世
 ひるまさ変わたる くぬ沖縄
 
 これは琉球民謡作者嘉出刈林昌氏の「時代の流れ」という唄で、これが近世沖縄の運命を一番簡単に表したものと本書に紹介されている。

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 古くは鎮西八郎為朝が漂着して琉球の子を残し、その子が尚王朝の祖になったという伝説から、第二次世界大戦後のアメリカ軍による基地収容の話まで、長い沖縄の歴史がつづられている。為朝が本土に帰国する時に親族が見送ったのが良く知っている牧港だとか、ツアーで行った座喜味城の主護佐丸の逸話を読んでいくうちに、時代は徳川時代になる。
 
 薩摩という軍事大国が琉球を利用して密貿易をし、それで得た技術や資金が明治維新の源泉になったことも、琉球の視点で書かれていた。興味深かったのはあのペリー提督が日本含めた東アジアをなんども訪れた際に、最も多く立ち寄ったのは沖縄だったこと。その時にレキシントン号の酔っぱらい水平が島の娘を暴行しようとして住民に追い立てられ崖から落ちて死んだ事件の始末などは、今も米兵の犯罪におびえる沖縄を象徴している。
 
 明治維新後力をつけた日本は、それまで中国と日本の間をうまく泳いでいた琉球をわがものにする。沖縄と呼称を変え、台湾からさらに南へ南方進出の要とした。沖縄を中心にした地図を想えば、博多も上海も台北も東京も、那覇港を中心にしたいくつかの同心円上の1点に見えてくる。第二次世界大戦後進駐したアメリカは、対共産圏との闘いの前線基地にしたし、今新しく米中対立の時代になるとその地政学的な重要性は比類がなくなってくる。
 
 琉球・沖縄の人たちに何らの罪があるわけではないが、地政学というのは容赦のない学問である。「沖縄を制する者、東シナ海一帯を制す」というわけで、アメリカ軍の存在は中国の海洋進出を止める意味で動かしようがないものだと思う。こじれた問題は早急には解決しません。玉城(タマグスクと読むのが古来)知事も、菅官房長官もじっくり議論していただきたいものと思います。

サイバー空間、2001

 「どんでん返し職人」ジェフリー・ディーヴァーは、人気のリンカーン・ライムシリーズは1年おきに発表するとして、その間には単発ものを発表している。2001年に発表されたのが「青い虚空」。護身術のカリスマのような女性が、警戒していたにもかかわらず惨殺され犯人は、インターネット空間で異常な能力を示していたことがわかる。官憲は収監していたハッカー青年を呼び出して、捜査にあたらせるというのが発端になる。

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 特殊な状況に対応するため囚人や犯罪者を無理やりミッションに就ける話は、ディーヴァー自身も「獣たちの庭園」などで書いている。ハッカー青年はサイバー犯罪に詳しい警官や業界のコンサルタントに助けられながら、犯人の行動パターンや次の犯罪の予測などを行う。このあたり、基本線はリンカーン・ライムシリーズと大きな違いは見られない。意外な展開につぐ意外な展開で、スピード感を持たせるのはディーヴァーの独壇場である。
 
 しかし、気になる点もある。本書のかなりの部分は、インターネット/コンピュータの基本用語から、その上の犯罪についての解説に充てられている。これは読者にとって勉強になることでもあるし、この程度の基礎知識がないと以降の展開が理解できないかもしれないので必要な部分ではあった。
 
 しかし連続殺人のような重大事案を追いかけながら、かなりの分量解説を読まされるのは、読者として興味がそがれることもありうる。ディーヴァーという作者が勉強熱心なのは事実であるが、時折「こんなに勉強したよ」と語っているような気がする部分もある。
 
 もうひとつ問題だと思ったのは、作者のせいではないのだが、所詮2000年ころの知識に基づいて書かれていること。どうしてもうなずけない部分がいくつかあり、インターネット通の犯人すらもネットに「常時接続」していないことにも、現代の読者は違和感を持つかもしれない。何度か書いているように、ICT業界では5年でヒトケタ性能が上がる。本書の執筆時からは、ICTの性能は1,000倍になっているのだ。それでは、当時の常識で今も継続していることは多くない。
 
 科学捜査について昔から言われたことではあるが、時代が変わると事件解決の論理設定が替わってしまい、ミステリーの骨格部分が時代遅れになってしまうことがある。それがICTの世界になると、もっと早い変化によって名作が早々に陳腐になってしまいかねないのだ。
 
 僕の知る限りでは、ディーヴァーは本編の続編を書いていない。変化の激しい業界をバックにしてミステリーを書くというのは、左様に難しいことなのだろうと思う。

名優ドルリー・レーン

 匿名作家というのは、いくらでもいる。ヴァン・ダインが筆名を使い、その正体を秘した理由は以前に紹介した。しかし新聞記者にかぎつけられ、豪華な食事をごちそうさせられるハメに陥ったこともある。貧乏美術評論家であるはずのW・H・ライト氏が、分不相応な暮らしをしていることに疑いをもち、郵便受けの表にW・H・ライト、裏にS・S・ヴァン・ダインとあるのを見つけたともいう。本当なら、彼こそ名探偵だ。

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 エラリー・クイーンも、匿名作家である。しかも、いとこ同士2人(フレデリック・ダネイとマンフレッド・リー)の合作だ。その上この2人は、もっとすごい離れ業をやってのける。国名シリーズが好評を拍す中、もうひとつのペンネームで別シリーズを始めたのだ。それが、名優ドルリー・レーンを探偵役に配した、悲劇4部作である。
 
 ペンネームは、バーナビー・ロス。この名前が処女作「ローマ帽子の謎」の前文に出てくることから、後年彼らは「読者にヒントは与えられていた」と強弁している。二人二役をすることになった彼らは、討論会にも生(当たり前か)出演。二人とも顔を隠して、ひとりはエラリー・クイーン、もうひとりはバーナビー・ロスとしてお互いをたたえ(もしくはけなし)あったこともある。
 
 4部作の中でも評価が高いのが、XとY。特に「Yの悲劇」は、ミステリーベスト3の常連である。富豪であるハッター家の当主ヨーク・ハッターの自殺に始まる一連の事件は、結局のところ未解決に終わる。しかし、最後にレーン氏が警察関係者に語る事件の真相に、驚かない人はいないだろう。
 
 この4部作、作者は最初から全編の構想を持って書き始めたと思われる。4作でひとつの「大河ミステリー」になっている印象があるからだ。探偵エラリー・クイーンは多くの作品に登場し、パートナーも(同じニッキイという名前なのに)異なった外観や経歴をもった人物が登場するなど、全部を通して読むことはできない。
 
 しかしシェークスピア劇の名優で、耳を患って引退したものの体力・知力ともに衰えを知らないレーン氏は、1930年代前半に4作だけ登場し、いさぎよく幕を引いて去った。読者にビビッドな印象を残したという意味で、ベスト1級の名探偵だと思う。

世界平和を乱す疾病

 相変わらずトランプ先生の傍若無人さは止まらない。イラン核合意はカミクズだと言い、ペルシア湾の緊張が高まっている。中国は「約束を破った」そうで、全輸入品に25%の追加関税をかけた。北朝鮮の飛翔体については、「深刻だ」と言ったかと思えば「発射によって信頼は損なわれていない」と翌日に発言する。ある専門家は「彼の発言の75%以上はウソだ」と言っていたことを思い出した。

 以前複数の医師が「心の健康不安」を指摘していたこともある。そんな人が「正恩クンよりでかい核のボタン」をもっているのだから困ったものだ。為政者(もしくは独裁者)の神経診療についての本があったなと本棚を探して、この本を読み返してみた。

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 ヒトラー第二次世界大戦中の1941年にパーキンソン病を発症、左手の震えから最後は全身の動きが鈍くなり言葉も不明瞭になったという。レーニンスターリンも、ヒトラーに劣らないアジ演説の名手だが、いずれも動脈硬化から脳虚血症を発症し最後は脳卒中で死んだ。いずれも50歳前後と短い寿命である。
 
 毛沢東はALS(筋萎縮性側索硬化症)ですり足が目立つようになり、ニクソンを北京に迎えたときには立ち居振る舞いにも支障をきたしていた。そのような人たちの病気が遠因になって、世界大戦を起こしたり、自国内の粛清をやったりしたとすれば、歴史上の悲劇以外のなにものでもない。

 本書の最後に、ボリス・イェリツィンの写真が出ていた。彼もスターリンらと同様闘争心をむき出しにするタイプで、動脈硬化狭心症心筋梗塞を起こしやすい。その上肉好きで痛風という持病があったらしい。通風の原因となる尿酸値の高い人も攻撃性が強いという。
 
 イェリツィンの写真を眺めていたら、どことなくトランプ先生に似ているなと思った。そういえばトランプ先生もハンバーガーばかり食べる偏食家、痛風なのかもしれません。

アイソラの好敵手

 エド・マクベイン「87分署シリーズ」は、分署刑事たちのチームプレイを描いた大河ドラマのようなものである。刑事やその関係者は、殉職含めて入れ替わってゆく。読者は刑事たちになじみができて、ひいきの刑事が活躍すると嬉しくなる。
 
 作者はシリーズ12作目の本作で、ついに犯罪者側のセミレギュラー「死んだ耳の男」を登場させる。彼は、大規模な銀行強盗を企画する「賢い犯罪者」である。「死んだ耳の男」がアイソラ中にまき散らすミスディレクションに刑事たちは翻弄される。唯一真相に迫ることができたキャレラ刑事は、男の弾丸を浴びて生死の境をさまようことになる。

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 作者はキャレラ刑事を大勢の刑事の一人として見ていて、かなり初期の事件(麻薬密売人)で胸に3発の銃弾を浴びて殉職、のシナリオを書いていた。作者が書きたかったのは、刑事群像でありキャレラ刑事へのこだわりはなかったのである。しかし編集者はそれを許さなかった。イタリア系のハンサムな男で、ろうあ者だがとびきりの美人を妻にしてるキャレラ刑事はスター要素があると編集者は見たらしい。
 
 編集者の強い要望で「麻薬密売人」の最後のページが書き換えられ、キャレラ刑事は奇跡の回復を見せ妻のテディは未亡人にならずに済んだ。38口径スペシャル弾を胸に3発くらえば命はないような気もするのだが、彼はその後の作品でも以前のように駆け回ることができる。というわけで、キャレラ刑事は不死身になり本作においても再び「奇跡の回復」をする。一方「死んだ耳の男」も緻密に計画した犯罪は成功せず、命からがら逃げて次の犯罪をもくろむことになる。
 
 作中マイヤー刑事(ユダヤ系)が「普通の犯罪者は知能も低く衝動的だ。こいつは違う」と独白する部分がある。架空の大都市アイソラで87分署の刑事たちの好敵手となった「死んだ耳の男」は、以後シリーズにたびたび顔を出すことになる。