新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

名優ドルリー・レーン

 匿名作家というのは、いくらでもいる。ヴァン・ダインが筆名を使い、その正体を秘した理由は以前に紹介した。しかし新聞記者にかぎつけられ、豪華な食事をごちそうさせられるハメに陥ったこともある。貧乏美術評論家であるはずのW・H・ライト氏が、分不相応な暮らしをしていることに疑いをもち、郵便受けの表にW・H・ライト、裏にS・S・ヴァン・ダインとあるのを見つけたともいう。本当なら、彼こそ名探偵だ。

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 エラリー・クイーンも、匿名作家である。しかも、いとこ同士2人(フレデリック・ダネイとマンフレッド・リー)の合作だ。その上この2人は、もっとすごい離れ業をやってのける。国名シリーズが好評を拍す中、もうひとつのペンネームで別シリーズを始めたのだ。それが、名優ドルリー・レーンを探偵役に配した、悲劇4部作である。
 
 ペンネームは、バーナビー・ロス。この名前が処女作「ローマ帽子の謎」の前文に出てくることから、後年彼らは「読者にヒントは与えられていた」と強弁している。二人二役をすることになった彼らは、討論会にも生(当たり前か)出演。二人とも顔を隠して、ひとりはエラリー・クイーン、もうひとりはバーナビー・ロスとしてお互いをたたえ(もしくはけなし)あったこともある。
 
 4部作の中でも評価が高いのが、XとY。特に「Yの悲劇」は、ミステリーベスト3の常連である。富豪であるハッター家の当主ヨーク・ハッターの自殺に始まる一連の事件は、結局のところ未解決に終わる。しかし、最後にレーン氏が警察関係者に語る事件の真相に、驚かない人はいないだろう。
 
 この4部作、作者は最初から全編の構想を持って書き始めたと思われる。4作でひとつの「大河ミステリー」になっている印象があるからだ。探偵エラリー・クイーンは多くの作品に登場し、パートナーも(同じニッキイという名前なのに)異なった外観や経歴をもった人物が登場するなど、全部を通して読むことはできない。
 
 しかしシェークスピア劇の名優で、耳を患って引退したものの体力・知力ともに衰えを知らないレーン氏は、1930年代前半に4作だけ登場し、いさぎよく幕を引いて去った。読者にビビッドな印象を残したという意味で、ベスト1級の名探偵だと思う。