新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

優しくなくては生きている意味が・・・

 初冬のボストン、有名女優ジル・ジョイスを主演にしたTVドラマのロケ隊がハリウッドからやってきた。ジルは20年近くTV界のトップ女優であり、彼女の予定さえ押さえれば13週間の(つまり1/4年の)シリーズドラマは作れて、3大ネットワークが奪い合ってくれるというのがこの業界のビジネスモデル。


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 スペンサーが最初にハリウッドと関わったのは「レイチェル・ウォレスを探せ」の事件で、そのころはまだ映画に力があったが、1990年発表の本書ではTV業界がビジネスを拡大している。
 
 ロケ中ジルが何者かに脅迫されるという事件が起こり、ロケ隊に協力していたスーザン・シルヴァーマン博士の推薦でスペンサーにジルの身を守る依頼がやってくる。精神科医のスーザンは、ジルが今回の番組で精神科医を演じるための脚本アドバイザーをしていたのだ。
 
 問題は「脅迫」だと言っているのはジルだけで、他の誰もそのようなシーンやモノを見ていないこと。ジルは脅迫相手の情報どころか自分の過去も一切語らない。長年の業界ストレスからか素面でいる時間の方が少なく、いい男と見るとベッドに引きずり込もうとする厄介な女だ。
 
 さしものタフガイ・スペンサーも、彼女のガードには手を焼く。スペンサー自身のガードのためにスーザンまで現場に駆り出される。そんな中、ジルのスタントウーマンが射殺され、彼女に間違われて撃たれたと考えられた。スペンサーはジルの過去を探るため、ガードを相棒のホークに押し付けカリフォルニアへと旅発つ。殺人事件になったのをいいことに、逃げ出したのかもしれない。
 
 スペンサーは、ジルのルーツがポーランド系移民であること、メキシコ人との結婚歴があり子供もいること、アル中の母親、ジルを子供の頃に捨てた父親も全く無関心であることを探り出す。その過程でヤクザや暗黒街の顔役とモメるのだが、モメればモメるほど真相が近づいてくるのがスペンサー流。
 
 アル中女優ジルの辛い過去を知ってスペンサーたちが選ぶ事件の解決策は、合法とは思えないし経済的に満足できるものでもない。しかし彼らはジルをまっとうな女にするためには必要なことだと思ったようだ。チャンドラーの描いた探偵フィリップ・マーロウは「男はタフでなくては生きていけない。優しくなくては生きている意味がない」と言いました。スペンサーはこの矜持をしめしたのでしょう。