新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

成長する島国の陰で

 ジェラール・ド・ヴィリエのプリンス・マルコシリーズは、世界のいろいろな国や街を巡る。最近海外へ出かけることが多くなった僕には、今のその国/街と数十年の時間差を空けた比較を楽しむこともできる。1976年発表の本書の舞台はシンガポール、最近何度も出かけている国だ。


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 マラッカ海峡を扼する位置にあり、大英帝国のアジア支配の最重要拠点だった。第二次世界大戦後マレーシアとして植民地支配を離れた後、1965年に分離独立し島国国家として経済発展の道を歩んでいる。先ごろの米朝首脳会談の舞台となり、北朝鮮に経済発展の教科書となる場所だと評されもした。
 
 そんな国がどうして出来上がったか、独立後の状況が本書の冒頭に紹介されている。元来はマレー人の土地だが、1850年ころ3,000人だった中国系住民は1世紀で200万人にまで増えた。マレー系、インド系が250万人、合計450万人という規模は現在と大きく変わらない。
 
 首相リー・クワンユーは人口増による失業問題を重く見て、世帯あたりの子供を2人に抑える政策をとった。子沢山/大規模家族指向のインド系は反発するが、国家警察がこれを強要してくる。
 
 成長第一、利益第一が国家政策の根幹で、実業の大半を中国系が握り、インド系は弁護士やジャーナリストなど知識階級を占めるが、マレー系の人たちは貧困にあえいでいる。シンガポール自身は反共国家だが社会資本主義を徹底していて、国の方針に逆らうメディア等は国家警察が関与して干し揚げてしまう。明るい独裁国家と言われるゆえんだ。
 
 そんな中、大富豪の中国系実業家がカリフォルニア州の銀行を買いあさり始める。その実業家を取材しようとしたインド系記者が、ワニの養殖場に放り込まれて殺害された。たまたまタイで休暇を楽しんでいたマルコ・リンゲ殿下に、CIAの調査依頼が入ってマルコはこの島にやってくる。
 
 巻頭に中心部の市街地図が載っているが、オーチャードロードなどはわかるものの、セントーサ島やマリーナベイサンズは未開発のようだ。僕らの定宿のあるブギス地区は、男娼がたむろしドラッグや犯罪がはびこるエリアと書かれている。30年ほど前シンガポールに勤務していたという先輩からブギスの品の悪さは聞いたこともあって、今のブギスとの落差に驚いた。
 
 事件は例によって怪しげな美女が現れ、残酷な殺され方をした死体も現れ、マルコシリーズ中でも特に眉を顰めたくなる陰惨なものだ。本書の多くの記述はフィクションとしても、そういうことがありえた島だったということは意識をして、遊びに行くようにしましょう。