新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ブルックリンを愛するあまり

 スタンリー・エリンは不思議な作家である。EQMMエラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)が発掘したひとりで、「特別料理」という奇妙な味の短編でデビューした。生涯に長編14作と短編集4つを残した。ずっとブルックリンに棲み続け、70年弱の間の大きな変貌を見つめてきた。その「ブルックリン愛」とも言うべきものが、全編を貫いているのが本書である。

 

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 引退した歴史学准教授チャールズ・ウイター・カーワンと、私立探偵ジョン・ミラノが主人公のシーンが交互に描かれている。カーワンはブルックリンの一角に古いアパートメントを持つ大家で、その隣に自らの一戸建てを持っている。ウイター通りが住所だが、先祖がここに大きな土地を持ち自らの名を通りに付けたという名家である。しかし、今は身寄りもなく目立った財産もない。
 
 彼は、どんどん増えてくる黒人の居住者に対して冷たい憎悪を持っている。子供のころ美しかったブルックリンのウイター通りを彼らが汚しているように思っているのだ。彼は第一次世界大戦で砲兵将校を務めた経験を活かして、みずからのアパートメントを爆破しようと考え始めた。一つの理由は自らの死期を知ったことである。黒人(彼はブランガと蔑称で呼んでいる)を浄化して、自らも命を絶つつもりである。
 
 一方のミラノ、名前の通りイタリア系。ちょっと87分署シリーズのキャレラ刑事を思わせるが、有能な探偵である。絵画の盗難事件を探るうち、カーワンのアパートメントに住む美女(当然黒人)と知りあい、彼女を捜査に協力させるとともに彼女の頼みも聞くようになる。
 
 カーワンの病をおしての爆破準備と、ミラノの捜査が交互に語られるうち、ミラノはカーワンの行動に不信を抱き始める。本書は1983年という時期に人種差別を赤裸々に描いたゆえ、一時期発禁処分を受けたという。カーワンの想いや言動だけではなく、ミラノの周辺のエリートたちの黒人に対する反応も細かく描かれている。
 
 事件の経緯や解決とは別に、エリンが本書で書きたかったものは(日本人の)僕にはわかりにくい。単純な「ブルックリン愛」だけではないと思うのですが。

シルクロード経済圏構想

 AIIBこと「アジアインフラ投資銀行」は、2013年APECの会場で習大人が設立構想を説明し、本書が出版された2015年に正式に発足している。筆者の真壁昭夫氏は元第一勧銀の銀行マン、第一勧銀総研などを経て信州大学経済学部教授となった人。中国が「シルクロード経済圏構想」の中核と位置づけ、アジア・アフリカ・中東からロシア・欧州までをつなぐためのインフラ整備を支える投資機関AIIBについて、いくつかの懸念を本書で述べている。

 

 アジア・中東・アフリカにインフラ投資が必要なことは多くの人、国が理解している。しかし紛争などのリスクもあり、現実には投資は進んでいない。そこにGDP2位の大国となった中国が主導して投資機関を作ろうというわけだ。しかし日米はじめそのガバナンスや透明性に疑問を持って、参加を躊躇する国も多かった。ところが英国が参加を表明すると欧州各国がこぞって参加、本書発表の時点で57ヵ国が参加表明している。AIIBの役割は、

 

・インフラ開発のための金融支援

・アジア経済圏を牽引するリーダーの育成

 

 の2点。しかしこれは表向きの事で、実際には輸出依存高度成長をしてきた中国経済が曲がり角に来ていて、まず過剰な生産能力(例:鉄鋼)を満たしてくれる需要を求めたというもの。同時にシルクロード関係国への支配力を強めようとするものだ。

 

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 日米がこれに警戒感を持つのは、すでに米国主導のIMFや日米で作ったADB(アジア開発銀行)があることも理由になっている。ただIMFギリシア危機などで「支援はするが、資本原理主義的制約で縛ろうとする」との批判もあり、ADBは(日本の財務)官僚的だとの声も聞く。IMFは米国が、ADBは日米が拒否権をもっていることも、中国がAIIBを作った理由だろう。

 

 著者は米国が内政にシフトしていることから過度の米国追従は危ういとして、日本にも(リスクはあるが)AIIBに参加するよう提案している。5年経ってみると、日米は参加せず、参加国は100を超えている。ただ投資案件は思ったほど積みあがらず、AIIBは失敗だったとの声もある。

 

 このころまでは、衣の下に鎧は見えても、中国はまだ低姿勢でした。その後香港問題など「戦狼外交」に転じ、各国の離反を招いています。もう少し低姿勢を続けていたらとは思うのですが、多分そんなことは言っていられない問題が、習大人にはあったのでしょうね。

板門店での銃撃事件

 多分韓国のミステリー(軍事スリラーか?)を紹介するのは、これが初めて。南北の休戦状態を題材にした映画としては「シュリ」(1999年)が有名だが、本書はそれを超える人気を博したという映画(2000年)の原作。原題を「DMZ非武装中立地帯」という。作者は韓国人の朴商延、本書がデビュー作だがそれ以降の作品についての情報はない。

 

 板門店は南北の境界線上にある中立地帯、南北朝鮮が共同管理する警備区域(JSA)である。交戦中(休戦中だが)の両国が拳銃弾の届く距離で顔を合わせている日常が、そこにはある。本書の原案が懸賞に応募されときには、DMZで両軍兵士が交流するという設定に対し「あり得ない」とされて落選したという。しかし作者は実際にDMZを担当する兵士たちにインタビューして、交流はあると聞いていた。

 

 事件は、板門店北朝鮮側で2人の兵士が撃たれ、ひとりは死亡もうひとりが重傷を負い、韓国軍の兵士金が軽傷を負って境界線上まで逃れて来て倒れているのを発見されたことから始まる。死んだ鄭には13発の拳銃弾が撃ち込まれていたのに、負傷した呉には1発だけ、彼らを撃って反撃されたと思われる金には1発がかすっただけという、不思議な事態である。

 

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 この調査を任されたのが中立国監視委員会のベルサミ少佐、朝鮮語がネイティブ並みに話せることからスイス軍から派遣されていたのだ。実は彼の父親は李慶寿という元北朝鮮軍兵士、朝鮮戦争の折米軍の捕虜となったが筋金入りの戦闘員だった。休戦後第三国への出国を希望し、ブラジルでスイス人の特派員の女性と知り合い結婚、産まれたのがベルサミなのだ。

 

 彼は外見はほとんど東洋人だが、思考は育ったブラジルと国籍のあるスイスのもの。父親の祖国に来て戸惑うことも多い。一方容疑者の金兵曹は、韓国の青年で子供の頃から「早撃ち」に憧れ軍に入隊している。同僚も驚く銃の正確さと早撃ちには、定評がある。

 

 物語はベルサミ少佐の独白で始まり、最後は金兵曹の告白で終わる。映画でどう表現したかは不明だが、金兵曹が訓練中北朝鮮兵士に命を救われ、その後彼らと交流していた。しかし何かのきっかけで撃ち合いになったと思われ、ベルサミ少佐はそれを追求する。小説手法としては、少佐の独白、兵曹の告白が長すぎるなど稚拙との解説は正しい。

 

 しかし半島で何が起きているか知るには、いい教科書でしたね。

ファーストクラスの娼館チェーン

 先日「スクールデイズ」を紹介したロバート・B・パーカーの「スペンサーもの」の、次の巻が本書(2006年発表)。前作で「スペンサー一家」に仲間入りしたような黒人ギャングメージャーや弁護士リタは登場せず、スーザンとホークが帰ってくる。そしてもう一人、シリーズ三度目の登場になるエイプリル・カイルがスペンサーを訪ねてきて物語が始まる。

 

 第9作「儀式」での彼女は16歳の家出娘、悪質な売春組織に取り込まれていたいたところをカウンセラーのスーザンとスペンサーに救われる。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/07/19/000000

 

 家にも帰れず特に芸もない彼女を、スペンサーはニューヨークの娼館の経営者パトリシアに預けるという非倫理的だが現実的な解決をした。第13作「海馬を馴らす」で、ポン引きに食い物にされていた彼女を再びスペンサーは救っている。それから17年、37歳となったエイプリルはパトリシアから「のれん分け」をしてもらい、ボストンで娼館の経営をしていた。

 

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 そんな彼女の娼館に、地元のギャングであるオリイ一家が圧力をかけ始める。営業妨害が続き、用心棒役の元警官にも辞められて困ったエイプリルはスペンサーに助けを求めた。20年前からエイプリルを嫌いなスーザンはいい顔をしないが、スペンサーはホークと娼館に赴きやってきたチンピラを蹴散らす。

 

 パトリシアに手ほどきを受けた、エイプリルの娼館経営は高級路線。客室乗務員や大学院生、主婦などちゃんとした女性をそろえ、客の方も厳選して「安心して優雅に遊べる」ファーストクラスのもてなしを可能にした。

 

 エイプリルはもっと高級なチェーンを「ドリームガール」計画と呼んで作り上げようとしていた。ただパトリシアは消極的、協力してくれるファンズワースは元詐欺師だ。娼館の警護をホークに任せたスペンサーは、ニューヨークで事件の背景を探り始める。するとオリイとファンズワースが.22口径の銃で殺害される。両都市のギャングの影がちらつく中、エイプリルを守って事件を解決しようとするスペンサーだが・・・。

 

 長いシリーズ(本書が34作目)で、何度か登場する人物はおおむねスペンサー一家に入ってくる(本書のゲイのガンマンテッドのように)が、エイプリルがそうなれるかどうかがポイント。ファーストクラスの娼館という商売の是非はともかく。

手近な最後のフロンティアか?

 いろいろな国のこと(米国・欧州・英国・中国・韓国)を、何冊もの新書で勉強してきた。しかし手近なところの1国はまだ手付かず、それが北朝鮮だ。トランプ政権の宥和とも見える政策がバイデン政権に代わってどうなるのか、かの国の指導者は心配しているはずだ。とうとう今月「こっちも忘れないで」とばかり、巡航ミサイル2発と弾道ミサイル2発を撃った。

 

 これにより国連安保理の下部組織は、制裁強化の意向を示している。ただ中露の反対もあり、今まで以上の強い制裁に本当になるかは疑問が残る。そんな国の現状は本当にどうなのか、本書は2018年発表のものなので比較的新しい書と思って買ってきた。著者文聖姫氏は在日コリアン2世、朝鮮新報記者などを経て「週刊金曜日」編集部員。若いころから20回近く北朝鮮に渡り、かの国の変貌ぶりを見続けてきた人だ。

 

 1995年には、ソ連崩壊や洪水被害で経済破綻に陥った北朝鮮を取材している。ルーブル経済からドル経済への移行は、事実上外貨ゼロの状態となって輸入が止まてしまった。配給も止まり、庶民は食べる物もない暮らしを続けるしかなかった。電力不足も深刻で、ブラックアウトが定常状態だった。

 

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 2010年頃になると、中国に倣った改革開放路線が奏功し、平壌を流れる大同江で作られる麦酒(クラフトビール)を飲む人が増えたり、市内ではイタリアン料理店はハンバーガーショップもある。タワーマンションに住み高級スーパーに通う「新富裕層」も目立つ。一方で一般労働者の月給は2,000ウォン程度、正規の市場で買えば米1kgで消えてしまう。当然、闇市場や副業が横行することになる。

 

 休戦ラインの向こう側には世界最強米軍がいて、中国軍は撤退してしまった。自国で100万人の兵士を抱えている現状では、経済成長に限界がある。そこで金一族は核開発を始める。狙いは軍縮である。しかしそれも核・ミサイル開発に対する経済制裁で、困難な道になっている。やはり電力不足、石油不足が堪えている。トランプ政権の宥和政策に賭けたのだが・・・。進歩派の文政権のうちに南北交流を再開したいのが本音だが、それも膠着していると本書は言う。次に保守派の大統領でも来れば、南北統一の夢は遠のく。

 

 1970年代には韓国を上回るGDPだった北朝鮮、平和裏に国を開いてくれたら、日本にとっても「最後のフロンティア」になるかもしれませんね。