新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

殺人犯を追いながらグルメ

 一昨年亡くなった内田康夫は多作家である。浅見光彦信濃コロンボ、岡部警部などのシリーズもののほかノンシリーズのミステリー、紀行文など作品は140冊にも及ぶ。累計発行部数は2007年の時点で1億部を越えている。ミステリー作家というと自らの私生活は秘密、ペンネームを使って本名も明かさない人もいるのだが、この人はその点非常にOpen。

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 浅見光彦ものでは、自ら「軽井沢のセンセ」という名前でしばしば登場する。出版社としては、大変ありがたい流行作家である。本書もその特徴を十二分に表したもので、中心になるのは10編の地方グルメを食べ歩いた紀行文である。登場人物は4人、出版社のタカナカさん(婦人警官ともやゆされる女性、スポンサーでもある)とカメラウーマンのむつみさん、センセと光彦クンである。

 
 もちろん浅見光彦は架空の人物なので、写真に写るわけにはいかない。もっぱらセンセが美味しいものを食べている写真が多い。表紙の写真は、本書の文庫化(2010年)にあたり特別に4人が10年ぶりに邂逅、三河湾佐久島に「大アサリ丼」を食べに行く前祝いに、名古屋のかしわ料理店「鳥久」で「味噌炊き」をつつくセンセの姿である。
 
 10編の紀行文は、京都・箱根・鎌倉・日光などの観光地やセンセの地元軽井沢や近隣の松本のほか、最終回には香港まで出かけている。その中でのセンセと光彦の会話が面白く、多くの作品を引用しながら「ここではXXを書くための取材をしに2泊して、○○を食べた」とか、「あれを食べたのはセンセなのに、僕(光彦)が食べてけなしたように書かれて困っている」などとやりとりしている。
 
 竹村警部(信濃コロンボ)のように官憲だと、自分のテリトリーの事件にしか関与できない。その点ルポライターなどというヤクザな商売の光彦なら、日本中のどこに現れても構わない。光彦ものが、必然的に旅情シリーズになったゆえんである。
 
 軽井沢のセンセがほぼ「下戸」だったのは驚きだが、本書に満載されているように大変美味しそうに食べ物を食べておられる。140冊もの著作を書くには、エネルギーが大量に必要だったでしょうから・・・お疲れさまでした。