新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

白昼デパートでの銃撃戦

  本書はこれまで3作を紹介してきた、イーヴリン・E・スミスの「ミス・メルヴィルもの」の第四作。もうじき50歳が近い名家の令嬢スーザン・メルヴィルは、生活に困って殺し屋稼業をする羽目に。父親に教わった銃の腕があってのことだが、中年レディは街中では目立たず疑われることもない。その後画家として成功して生活の心配は無くなったが、悪い奴を見逃せない性格から時々「仕掛け人」は続けている。

 

 彼女の友人ルーシー・ランドルの一族が運営する<ランドル・ホーム>は、18歳までの予期せぬ妊娠をした少女たちを支援する慈善機関。しかし保護されている少女たちの中には、どう見ても売春婦だしポン引きがくっついている者もいる。どうもバックにはマフィアがいて、売春も麻薬も慈善機関の陰に隠れてやり放題らしい。怒ったミス・メルヴィルは、マフィアのポン引き男を射殺する。

 

 これまでの3作はユーモアミステリーとして読んでいたのだが、本書の少なくとも前半はかなりシリアス。マフィアと家出少女、さらにケシを最大の産品とする某イスラム国らがからんで、ニューヨークの下町を暗くしている元凶がリアルに描かれる。ここでスペンサーものだとマフィア相手の大立ち回りとなるのだが、腕は良くても一匹狼のミス・メルヴィルにはそこまでのことはできない。

 

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 逆にランドル家に<ランドル・ホーム>の理事会に加わるよう強要されて、事後共犯にされそうになる。名家の出身であるミス・メルヴィルが名を連ねた理事会なら、マフィアのボスが加わっていても社会的な信用が出るというわけ。

 

 某イスラム国の若い国王がニューヨークに来ていて、その母親というのが冷酷無比な女。CIAは彼女を排除しようとしているが果たせず、ある理由でミス・メルヴィルに暗殺依頼を持ってきた。一度は断ったミス・メルヴィルだが、その正体を知って迷い始める。国王の母親の方も、ある理由でミス・メルヴィルの命を狙っていたのだ。

 

 シリアスな心理戦の後、国王の母親とミス・メルヴィルは拳銃を手に決闘をすることになる。その場所が彼女たちらしく、ニューヨークの高級デパート。前代未聞の決闘の行方は・・・。ちょっと前3作とは雰囲気の違う作品でした。ハードボイルドというべきか、社会派ミステリーというべきか、迷ってしまいました。

都市戸籍の人達も苦労している

 昨日「日本人は知らない中国セレブ消費」で、中国のプチ富裕層が何を求めているか、価値観はどうかなどを紹介した。この書は2017年のものだが、内容は全部「都市戸籍」を持っている人のこと。以前「戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊」を紹介した川島博之氏が、同書の1年後2018年に発表したのが本書。

 

 前著同様、中国崩壊危機を唱えていて、それは少し割り引いて考えないといけない(例え不動産バブルがはじけても)。しかし、今回はデジタル技術(ネット上のデータや監視カメラ)を最大限に使った監視社会と化した都市に住む人たちの声を集めていて、これは参考になる。筆者はかつて中国に農業指導で何度も渡航し、現地に多くの知り合いがいる。残念なことに前著発表以降名前が当局のブラックリストに載ったらしく渡航できないが、現地からの情報は入ってくる。曰く、

 

・2017年から大学、大学院で英語の文献を使用した教育が事実上禁止された。

・当局に睨まれた北京大副学長が汚職で逮捕されたが、この程度のことでと驚いた。

・最近不景気で就職が厳しい、外国サイトを見たとわかると睨まれ不利になる。

・某所にすべてのPCを管理しているセンターがあるとの噂がある。

都市戸籍があっても北京等でないと格落ち、満州出身の私はそんな町には行けない。

・数億円するマンションを買うか、高級公務員になるか、良い縁組くらいしか無理。

 

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 などとの悲鳴が聞こえてくる。地方公務員の大卒での初任給は約5万円、アパート賃料も同じくらいで食べていけない。北京等なら給料は倍になるが、賃料も倍になる。もちろんアパートを買うことなど不可能だ。

 

 上記の「不景気」の意味だが、あるエリート銀行マンが言う。

 

・以前は給料もいいし車も会社支給、毎日2度の宴会を(公費で)していた。

・国の関与が強くなり、外国との情報網が遮断され、業績が上がらない。

・上司が政権に近い人物になり、車も宴会も、仕事のやりがいもなくなった。

 

 最近話題の「英語禁止」や「企業への圧力」は、すでに数年前から始まっていたということだ。筆者は前著で「中国人は都市戸籍の4億人だけ」と言っていたが、1年経って「一部のエリートとそれに忖度する人々(1億人?)」だけの国になったようだ。

 

 上海から帰国したばかりの人の話も分かりますが、どうも実態はもう少し厳しいようですね。

上海人の金銭感覚、2017

 1週間前に別ブログでだが、上海の2年の勤務を終えて帰国した人に聞いた話を紹介した。スマホがあれば財布の要らない便利都市、みんな豊かで政府を信頼しているとのことだった。

 

中国都市部の今の状況 - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)

 

 日本での「中国崩壊」報道はともかく、もう少し現地の事を知りたくなって買ってきたのが本書。2018年の発表で、日本の事業者がインバウンド需要を取り込むための参考書のような位置づけのものだが、当時の上海の「プチ富裕層」の生態がよく分かる。筆者は、中国で日本旅行を紹介する専門誌「行楽」の創業者。

 

 「行楽」の読者層は、平均年収870万円。500~2,000万円が「プチ富裕層」だから、おおむねこの人たちと思っていい。興味を惹いたのは種々のお値段。

 

・時間給300円ほどで、家事・買い物代行などしてくれる人はいっぱいいる。

・国際的な教育をしてくれる高校に一人通わせると、250万円/年。

・さほど高級でないレストランでも、外国料理なら2万円/人。

・リゾート地三亜のホテルは、1泊15万円以上。

・三亜のレストランはぼられる。ホタテ料理260円とあるのは、一皿ではなく1個の値段。

 

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 レストランやホテルの代金を考えると、日本は「安い!」となるわけだ。もちろん習慣の違いがあって、日本のレストランやホテルも気を付けないといけない。

 

・角部屋は「風水」の関係で幽霊が集まるとして嫌われる。

・温かいものでなければ、料理と呼べない。氷水のサービスなど論外。

・餃子は北部の食べ物、上海人はそんなものは喜ばない。

 

 このあたりは、まだ笑うだけだが、筆者も子供の教育では苦労したとある。まず異様な教育熱、3歳ころから宿題・テスト漬けの日々。家事は家政婦がしてくれるからいいのだが、宿題の手伝い・PTA(会長選挙のすさまじさ!)の付き合い等で母親は仕事を辞め専業主婦になる人が多い。アメリカ留学がGoalだが、近年その効果も薄れてきた。以前は米国帰りだと初任給1.5倍ほど取れたのだが、最近は1.1倍程度。それでも親は必死に英語教育サイトを探す。

 

 最近噂で聞く、教育塾廃止や英語教育禁止なども、この過当競争が産んだものかもしれません。それでも多分これらの規制は「除く共産党員の子弟」なのでしょうね。

Green政策の処方箋

 菅内閣の基本方針は「Green & Digital」だった。現下の国際情勢における方針として異論はないのだが、どうもGreenの方は僕は苦手だ。とはいえ食わず嫌いは良くないので、少々古い(2008年発表)書だが読んでみた。発表の前には「愛・地球博」や「洞爺湖サミット」があって、現在同様市民のエコ意識は高まっていた。ただこの後、リーマンショクがあってエコどころではなくなり、日本では東日本大震災と福島の原発事故があって、いい意味でも悪い意味でも「地球環境」を見る市民の目は厳しくなった。

 

 この夏も世界規模で天候不順・自然災害が相次ぎ、「脱炭素」の声は世界中で高まっている。ただ筆者は「脱炭素(CO2削減)だけでは狭すぎる」という。もっと大きく地球や人類の未来を考え、再設計することが必要だというのが本書の主旨。特に日本については、

 

1)太陽系エネルギー文明の最先端モデル実現

2)生物・文化・言語・ライフスタイル等の多様性尊重

3)21世紀の「工」学を追求(工の字は天と地を人が結ぶ形を表わす)

 

 やや抽象的だが、本書にちりばめられている「環境社会への処方箋」を読み解くと、主張点が見えてくる。

 

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 まずエネルギーコストはゼロに出来るという点。太陽が地球にくれるエネルギー総量は年間17,000TW、人類が年間に使っている総量の1,000倍ある。だから本来地球にエネルギー問題は存在しない。日本は食糧や燃料の多くを輸入に頼っているが、国土の自然エネルギー利用で自立が可能とある。

 

 政治的には「社会主義は経済の真実を市場に反映できず敗れた。資本主義は地球生態系の真実を市場に反映できずに敗れるだろう」と述べ、新自由主義への警鐘を鳴らしている。カネでの計測方法が間違っていると言いたいようだ。

 

 東京(江戸)については、日本史上初めて河川の海への出口に作られた都市。より大きな気候変動に対応するため「水没しても暮らせる街」を目指すべきとある。資本主義は「人間不信の文化」だったとあり、デジタル革命後の社会は「ITが人をバカにせず、より調和を図れるようになる」ともある。

 

 解説に「処方箋」とあったのですが、どうしてもここまでしか抽出できませんでした。本書発表から13年、事態は「処方箋」のようには進んでいないと思います。

柴田錬三郎巷談12編

 昨日司馬遼太郎新選組血風録」を紹介したのも、このところ「巣ごもり」で古い映画を見ることが増えたから。BSの「木曜時代劇」など、懐かしさに溢れる作品を放映してくれる。先月は「仕掛人藤枝梅安」「柳生武芸帖」を見て、時代劇の良さを再認識している。田宮二郎藤枝梅安松方弘樹柳生十兵衛、ともにはまり役である。

 

 子供の頃読んでいた司馬遼太郎の作品と違い、同じ大家でも柴田錬三郎のものは、社会人になってから少し読んだ程度である。理由は「眠狂四郎もの」が多くの映画になりエロチックなシーンが多いので、子供の僕には見せてもらえなかったから。先日亡くなった田村正和主演のものではなく、市川雷蔵主演のシリーズのことだ。

 

 本書は、江戸時代110万都市だった江戸を舞台にした、ノンフィクションっぽい短編12編が収められたもの。市井の話・仇討ち始末記・大奥の権力推移・幕府財政の裏表から妖怪騒動までバラエティに富んだ構成である。面白かったのは楽屋落ちっぽいのだが、作家仲間の有馬頼義氏との会話で有馬氏が「化け猫騒動」で有名な有馬家の末裔だということから「化け猫話を俺が書いてやる」と言ってしまった件。

 

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 結局巷間言われている「騒動記」は真っ赤な嘘だとあるのだが、タネ本はあって「化け猫が老婆に変身して人を喰い酒を呑む」という話だったらしい。

 

 いくつか剣劇のシーンもあるが、その多くは1対1の決闘。「眠狂四郎」などと違ってバッタバッタと斬り倒すようなものではなく、双方手傷を負って何時間も闘い、ついにどちらかが動けなくなって勝負がつくというものだ。剣の心得のない茶人が、千葉周作に「相打ちにならできる」と授けられた必殺技も面白かった。

 

 上記の映画など見ていて、特に「柳生十兵衛の50人斬り」のシーンなどが頭にあり、拳銃はリボルバーで6発、オートマチックでも10発程度しか入っていないので、大勢殺すには日本刀だよねと思っていた子供時代が恥ずかしい。さしもの日本刀も、突いて5人・斬って2人を斃すのが精一杯だということは、大人になってから知った。

 

 作者の作品はあまり記憶になかったのだが、さすがに軽妙な筆遣いと意外性のある展開。うーん、これはまだ読んでいない「眠狂四郎シリーズ」も読んでみるべきですかね。