新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

キンジーの危険な年末年始

 これまで「アリバイのA」からはじまり、「欺しのD」までを紹介したスー・グラフトンの連作。主人公の私立探偵キンジー・ミルホーンは、サンタテレサに住む離婚歴2度の32歳。ジム通いやジョギングを欠かさない彼女だが、決してマッチョな私立探偵ではない。カリフォリニア信用保険会社の委託調査をすることが多く、同社のオフィスを使わせてもらっている。まあ、非正規社員兼個人事業者といったところ。

 

 クリスマスが近づき、大家さんのヘンリー老はじめアパートの住人がみんな休暇で出かけてしまっても、キンジーはひとりサンタテレサを離れない。特に行く当てもないし、仕事もあるからだ。保険会社からの急な依頼があり、ウッド&ウォレン社の倉庫が燃えた件の調査をすることになった。ウッド家は、キンジーが子供の頃から一緒だったアッシュの実家だ。

 

 同社を一代で大きくしたアッシュの父親リンデンは先ごろ亡くなり、長男のランスが跡を継いでいる。ランスの経営手腕には疑問符が付くが、リンデンは長男継承に拘った。エボニー・オリーブ・アッシュの三姉妹と末息子でぐうたらもののバスは、会社の株こそ持っているものの、経営にはタッチしてない。オリーブの夫テリーが、副社長としてランスを支えている。

 

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 焼け跡を調査したキンジーは「通常の火災」と報告するが、ガラクタを燃やした保険金詐欺とのタレコミや、キンジー自身の銀行口座に5,000ドルが振り込まれていたことから詐欺の共犯ではないかと疑われ、オフィスも締め出されてしまう。

 

 アパートの知り合いは不在、オフィスにも行けなくなったキンジーは、久し振りにアッシュと会ってウッド家の秘密を探ろうとする。そこにふらりとやってきたのは、8年前に離婚した2度目の夫ダニエル。申し分のないイケメンながら、ミュージシャンとしての才能はなく麻薬常習者の困った男だ。

 

 ウッド家のみんなも、保険会社の幹部も怪しく見え、独自捜査を進めるキンジーは、2年前にウッド&ウォレン社の技術系幹部が不審死し、死体も盗まれてしまった事実を掴む。しかし彼女にも魔手が迫っていた。

 

 人間関系も仕事的にも、危機を迎えたキンジーの年末年始「最悪の」二週間を描いた作品。小包爆弾や盗聴装置など、あらゆる危機がキンジーを襲う。元夫のダニエルの秘密も。5作目にして面白みを増したこのシリーズ。もっと探してみましょう。

おちこぼれ諜報員の闘い

 以前元警視総監吉野氏の著書「情報機関を作る」を紹介したが、実際体験した例ではなく、諜報活動の実態例をジョン・ル・カレやフレデリック・フォーサイスの著書を引いて説明していた。近年よりリアルなスパイスリラーが増えていて、吉野氏も引用できる小説に事欠かないだろう。本書もそんな1冊、作者のミック・ヘロンは、5作目の長編の本書(2010年)でスパイスリラーに挑戦し、この続編「死んだライオン」でCWAのゴールドダガー賞などを獲得している。

 

 舞台はロンドン、狂信的なテロリストのネット上殺害予告に対応する諜報機関の活躍を描いたものだが、特筆すべきは主人公たちが「おちこぼれ」であること。リージェンツ・パーク(MI5)から何らかの理由で左遷された者たちが集まるのは<泥沼の家>と呼ばれる組織。大物諜報員だった祖父をもつ青年リックも、大規模テロを想定した訓練でヘマをし、ここに流された。

 

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 機密情報のCDを地下鉄に置き忘れたり、アル中になったり、某国大使夫人と不倫したり・・・脛に傷持つ連中を束ねるのはラムという中年男。ぶよぶよ肥り、口が臭く、下品で人使いが荒い。冷戦時代は有能なスパイだったと言うが、今は「屁をひる」以上のことはしていない。リックは今日も、理由も告げられずゴミ箱をあさって生ゴミの分析をさせられている。

 

 しかしある日、パキスタン軍の大物の甥にあたる留学生が「アルビオンの声」という過激派に誘拐され、48時間以内に首を刎ねるとネット上で通告される。MI5の保安局も動き出すのだが、偶然ある情報を知った<泥沼の家>が人質救出の鍵を握っていた。

 

 例によって、単純な人質事件ではない。MI5自身もからんだ二重三重の裏があり、各所に仕掛けられた罠をラムは見違えるような慧眼で暴き、リックたちを指揮する。<泥沼>メンバーは全て現状に満足していないし、できればリージェント・パークに戻りたいと思っている。それを見越して「一人も戻ったものはいない。しかし今までは、の話だ」と、ラムの指示に従わないようMI5から誘われるものもいる。

 

 <泥沼の家>は日本企業でいう「追い出し部屋」、ゆえに<遅い馬>(さすがに競馬の国)との原題が「窓際のスパイ」になったのだろう。この邦題は、欧米人には理解できまい。窓際はエリート席なのだから。

 

 なかなかリアルで重厚な作品でした。CWA受賞作も探してみることにします。

トレッキーが描く後日譚

 先週「Mission Impossible」のビデオを紹介したが、中学生の時やはり毎週楽しみにしていたのが「Star Trek」。重巡洋艦エンタープライズ」が23世紀ころの宇宙を駆け回るSFドラマだった。原作者ジーン・ロッデンベリーは、一度TV局にこのシリーズを持ち込んで「宇宙家族ロビンソン」に敗れた。二度目のアプローチで晴れて放映できることになった。

 

 キャスティングは艦長カーク大佐はウイリアム・シャトナーで決まったものの、副長でヴァルカン星人と地球人の混血士官スポック副長役で難航した。デ・フォーレスト・ケリーは異星人を嫌がり、ドクター・マッコイ役に収まった。もう一人打診されたマーティン・ランドーは妻と共に「Mission Impossible」を仕事を受けローラン・ハンドとして僕らの前にあらわれることになる。結局レナード・ニモイが引き受けるのだが、のちに「Mission Impossible」の5シーズン目以降はニモイがランドーの後釜に座る。

 

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 1966~69年の3シーズンだけNBCで放映された「Star Trek」は、映画化や現代に続く新シリーズを産み出した。熱烈なマニアも多く「トレッキー」と呼ばれている。本書はトレッキーの一人アン・C・クリスピンが書いた特別編である。

 

 本編でのエピソード「ああ、過ぎ去りし日々よ」でカークたち3人は、ある惑星の5,000年前に「時間孔」を通って送られてしまう。その極寒の地で3人は美女に助けられ、スポックは彼女と恋に落ちてしまう。結局彼女をその時代に残したまま、3人は現代にもどるのだが、本書はその後のエピソードとして幕を開ける。

 

 5,000年前の遺跡にヴァルカン人の肖像画が残っていたことから、スポックは息子の存在を知る。上記の「時間孔」を通ってその惑星の5,000年前に戻った3人は、首尾よくザールという青年を見つけるのだが、母親はすでに死んでいた。素朴で純真だが乱暴でもあるザールをちゃんとしたヴァルカン人として教育しようと、スポックらは努力する。

 

 超能力を持ったヴァルカン混血児ザールを巡る話に加え、「時間孔」を知って侵略してきたロミュラン星人の艦隊と、「レキシントン」「エンタープライズ」の艦隊戦のおまけまで付いているお得な作品である。

 

 方々にちりばめられた本編でのエピソードが、とても懐かしかったです。

探偵をするスペンサー

 そんなの当たり前だろうと言われそうだ。ロバート・B・パーカーの描く「スペンサーの世界」では、主人公のスペンサーはボストンで開業している私立探偵である。ただしもう30余冊読んだ限りでは、彼が探偵をするのは本当に珍しい。どちらかというと犯罪者を懲らしめたり、法律の手の届かないヤカラに懲罰を与えるくらいが主なお仕事である。それが本書(2007年発表)では、浮気調査から物語が始まる。

 

 スペンサーの事務所にデニスという男がやってきて、妻ジョーダンが浮気をしているらしいので調べてくれと言う。彼女はコンコード大学の教授、デニス自身は自分の身の上を明かさない。普段なら受けない調査を、20余年前に自らとスーザンの間に起きた危機を思い出したのか、スペンサーは引き受ける。

 

 スペンサーも、普通に「私立探偵」ができるのが分かったのが本書での驚き。普通に尾行し盗聴もし、浮気の証拠をつかむ。浮気相手はコンコード大学の同僚でペリーという男。ただこの男は反戦運動組織の代表で、政府が「要警戒」のレッテルを張っている人物だった。しかもデニスはFBIの要職にある。これは単なる浮気事件ではないと直感したスペンサーは、FBIのボストン支局長に接触する。

 

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 反戦活動でペリーという男は人気が高いが、その一方目についた女はだれでも口説くというプレイボーイ。その反戦集団の資金源も不透明だ。スペンサーは反戦集団の暴力部隊を警戒しながら「探偵」をするため、ホークの他に2人の(馴染みの)ガンマンを雇う。特にペリーなる男がスーザンに接近してきてからはなおさらだ。スペンサーは片道13時間もかかるクリーブランドに車を運転して出かけ、ペリーなる男の過去を探る。そこで20余年前の事件を探り当て、関係者や当時事件を担当した警官や私立探偵にも会う。本当の探偵のように事件を解決するのかと思いきや、やはりスペンサー。ペリーを脅迫して、結局は荒事で始末をつける。

 

 5~10ページほどの短い単位で章が変わり、多くが短い会話なので400ページ近い長編だが、あっという間に読めてしまう。スペンサーとスーザン・ホークらとの会話など同じ言葉の繰り返しも多い。原題の「Now & Then」は、デニスの妻の今の浮気と過去のスペンサーたちの危機を指しているのですが、どうのその辺ははっきりしません。珍しくスペンサーが優しく、まわりくどく解決をしたケースでした。

探偵小説はやはり短編

 ミステリーの始祖エドガー・アラン・ポーが残したのは、20~50ページほどの短編ばかり。その後「月長石」のような600ページ以上の長編も出るのだが、初期の頃どうしても本格ミステリーは短編が主流だった。本書はアーサー・コナン・ドイルの最初のシャーロック・ホームズものの「長編」である。

 

 以前「バスカーヴィル家の犬」を紹介しているが、ドイルはホームズものの「長編」を4編書いた。ただ本書などは前半100ページでホームズが意外な犯人を捕まえてしまい、残り80ページは連続殺人の原因となった40年前の事件が描かれる。

 

 ホームズの最初の登場とあって彼についての詳細な紹介があり、かれの推理が意表を突くケースを2~3のエピソードとして紹介した上でのことで、事件そのものの記述は50ページくらいだろうか。天才探偵はごちゃごちゃ考えず、すぐに真相を見抜いて急転直下の解決をする。解決してしまったら、拍手が鳴りやまないうちに幕を下ろしたいのだ。

 

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 アフガン帰りの元軍医ワトソン博士は、ひょんなことからホームズという特異な能力を持つ男と同居を始める。ホームズのもとには警察からも協力要請が来るほど、かれの探偵としての能力は高い。今回は変死した米国から来た男の事件の助力を求められる。

 

 現場周辺に残された足跡や馬車の車輪の跡などから、ホームズは「犯人の身長は6フィート、赤ら顔の壮年男性、インド産の葉巻を吸う」とプロファイリングする。現場には血文字で「RACHE」、ドイツ語で復讐の意味の文字が残されていた。スコットランドヤードの優秀な刑事2人が張り合って事件を追ううち、被害者と一緒にホテルに滞在していた男の死体も見つかる。「複雑な事件だ」と2人の刑事が嘆く中、ホームズは犯人を呼び寄せて見せる。

 

 まだホームズ・ワトソンのコンビのやり取りもどこかぎこちなく、ホームズの奇人ぶりとプロファイリングの芸が際立って見える。論理的な推理とは言えないような「あてずっぽう」もあるのだが、これまでこのような技術を見ていなかった読者は魅了されただろう。高校生の頃に読んで本当に久しぶりに読み返した本書、確かに近代ミステリーの聖書ではありますが、あらためて「本格ミステリーは短編に限る」を認識させてくれました。