新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

海兵隊幹部から見た沖縄問題

 2016年発表の本書は、日本文化にも造詣の深い政治学者で在沖縄海兵隊にも所属したことのあるロバート・D・エルドリッジの「オキナワ論」。沖縄にある米軍(専用)基地の再編や削減などについて、米軍も日本政府も失敗したという。例えば、最も大きな争点である普天間基地移転問題だが、メディアが伝えることは間違っているとの主張だ。

 

普天間基地は、世界で最も危険な基地などではない

・移転先としては勝連沖の人工島がベストだったが、容れられなかった

辺野古基地の改良では、本当の意味の普天間代替えにはならない

 

 嘉手納基地も含めて、危険なのは津波。その意味では普天間基地は理想的な位置にあるし、十分な大きさがあって市街地に与える影響は少ない。辺野古では津波のリスクがあるし、脆弱な地盤であることは分かっていた(*1)。

 

        

 

 沖縄は太平洋への出口を扼するキーストーンで、ここに基地があるのは政治的・軍事的必然である。何も沖縄県民に負担をかける意図ではないのだが、左翼系メディアばかりのこの島の世論は、反政府・反米軍で凝り固まってしまったという。ではどうすればいいのか?筆者なりの解決策としては、まず沖縄の人が「本気で基地問題を解決したいのか」を問い直したい(*2)という。その上で、内地の人も含めて多くの人が下記を認識すべきだとある。

 

・「基地の75%が集中」「米軍人の高い犯罪率」などは虚構

・基地は「負担」だけではなく、大きな経済効果もある

・多くのプロパガンダの背景には「中国の沖縄離反工作」がある

 

 地政学的な重要性は、昔(*3)から変わりません。皆が正しい認識を持つことが重要だと思いますね。

 

*1:本書ではほのめかしているだけだが、勝連沖の工事は沖縄地元業者の技術では無理。何とか彼らが受注できるものとして、辺野古の埋め立てが決まったということ。

*2:基地があることで豊かな生活を送れている人も少なくない。

*3:明国を親とし薩摩を兄と(前編) - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

誰のため、何のための2.6兆円

 2018年発表の本書は、毎日新聞記者で福島第一原発事故のその後を取材し続けている日野行介氏が「21世紀最悪の公共事業」の実態を綴ったもの。福島県を中心に広範囲に放射性物質が散布された事故で、その除染のため2016年度までで2.6兆円とのべ3,000万人の従事者を必要とした。

 

 山林が多い地肌を削り、その汚染土をフレコンバッグに詰め、中間貯蔵施設に置く。いずれ「福島県外での最終処分」をするという約束で・・・。その過程で、さまざまな問題が生じた。

 

・取り出し忘れたフレコンバッグの上に新築住戸を建てた人

・基準値以下に除染すると公約して当選しながら守らなかった市長

・おざなりの除染作業をし、汚染土を正しく扱わなかった作業員

・安全/危険の基準値を巡って議事録の一部を削除した中央官庁

原発周辺の土地に中間貯蔵された汚染土の30年後を憂慮する地権者

 

        

 

 除染を計画したり実践した関係者の誰もが、これらは無理なことだと分かっていた。現場の作業員も含めて「誰のため、何のためにやっているのか」が分からなかった。政治家が勇気をもって真実を語り、帰還できないことを示すべきだったのだろう。自公時代の石原環境大臣の「要はカネメでしょ」発言が、一番正直だった。

 

 別ブログでは今回の能登半島地震で、

 

・誰も責任をとらない形での地方切り捨てが起きる

・20年後消滅する地域に多額の税金を投入すべきか

 

 などの意見がある(*1)ことも紹介した。本件に関しても、誰も責任をとらずに事態が推移する公算が高い。確かに政治家(民主党政権後の自公政権自治体の首長)が真実を語らなかったゆえの歪みではある。しかし、誰か責任をとれることだったのかも、考えなくてはならないでしょう。

 

*1:さらに勇気ある、冷静な論説 - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)

家族制度に見る世界の行方

 本書は、何度か紹介しているフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏のインタビュー記事の書籍化。2013~21年に文芸春秋誌に掲載された記事を11編収録している。英米から欧州、ロシア、中国に言及するとともに、日本の現状課題や将来の方向性について述べている。

 

 貫かれているのは「家族制度」の視点、同時に人口推移・死亡率・出生率などをインジケータに使い、その国の問題点や強みを示して見せる。例えば、プーチン時代にロシアが強くなったのは、乳幼児の死亡率が下がった(社会が安定した)ことが示しているという。

 

 今日本でも問題となっている、移民二世三世問題についても主張がある。英米の文化は核家族主義なので、子供は親の影響しか受けない。だから孫世代になると「場所のシステム」に従って同化が進む。しかし直系(大)家族主義の移民集団は「伝統ある場所」を作ってしまい独自の道を行くことになる。

 

        

 

 だから人口減少に悩む日本(*1)は、多くの国から少しずつ移民を受け入れ、個々に日本文化に同化させていかないと混乱をもたらすという。

 

 移民を排斥せよと言うポピュリズム勢力は、欧米で支持を伸ばしている。代表的なものがトランプ政権。この背景にはグローバリズムを推進してもその影響から守られている高学歴エリートと、そうでない人たちの対立がある。多くの市民は仕事や財産を失い、推進派の中からもグローバル疲れが見られる。最悪の例がユーロ導入だ。単一通貨で競争力強化のはずが、欧州の中での競争が激化して、ドイツ帝国に支配されてしまった。しかしポピュリズムを打破するのは難しくない。要はエリートたちが、そうでない人たちの声に耳を傾ければいいのだとの主張である。

 

 面白かったのは民主主義論。民主主義とは広く大衆に開かれたものではそもそもなく、特定の集団が他を排斥して意思決定をするものだとあります。それなら民主主義には、潜在的に排外的な右派の思想が流れていることになりますね。ある種、納得。

 

*1:日本は伝統的に直系家族主義だがそれは地方にしか残らず、都会では英米流の核家族主義が主流。これも分断要素である。

日本型州構想の(ちょっとだけ)具体策

 2019年発表の本書は、以前「この国のたたみかた」を紹介した中央大学名誉教授佐々木信夫氏の日本列島構造改革論。「この国・・・」同様、全国を10州に再編し、東京・大阪の2都市州を加えることで、130年前の「廃藩置県」に相当する「廃県置州」をなすとある。発表時期も同じで、出版社が違うだけかなと思ったが、少し具体策に踏み込んでいる。

 

 鉄道も満足になかった時代、行政の大きな単位は「県」とせざるを得なかった。しかし今は鉄道も高速道路も整備されていて、県境をまたいでの経済圏や生活圏が当たり前になっている。市民が自由に日常広域移動ができるのだから「国」の次の行政単位は「州」の大きさで十分。

 

        

 

 予算も多く(外交・国防・通貨くらいを守るためのものを除き)州政府の自主裁量に任せればいい。永田町や霞が関はスリム化できるのだ。州と基礎自治体の議会は、若者や女性比率をあらかじめ決めたクォーター制で選抜された議員に任せる。それも職業政治家ではなく、普通の市民が兼業できるようにし、議会も土日祝日や夜間に開催する。確かにこうすれば、下部組織に配るための裏金を用意する必要(*1)もあるまい。派閥も必要なくなり、政治改革は一気に進む。

 

 東京一極集中からの是正は、まず東京の機能を2割削減することから始める。政治機構・官僚機構は上記で達成できるだろうし、ロビー活動が必要な企業の組織も「州政府」の近くに移動するだろう。地方州政府の誘致政策に乗って、地方移転(特に大阪都)への移転も増えるだろう。

 

 前著同様、仰っていることに異論はありません。効果も十分期待できますしね。問題は、この構想を実現できそうな政党はどこかということです。官僚機構は抵抗するかもしれませんが、中には賛同し関連法整備などに尽力してくれる人たちはいると思いますから。

 

*1:根本問題は政党下部組織(前編) - Cyber NINJA、只今参上 (hatenablog.com)

欠けている中露の視点を補う

 2022年発表の本書は、大阪大学至善館教授橋爪大三郎教授と、ご存じ<元外務省のラスプーチン佐藤優氏が対談した、新時代を読み解く針路。橋爪教授の本は初めてだが、著書を見ると社会学者で中国研究をされているよう。佐藤氏はあだ名の通りのロシア通だ。

 

 大きな国際社会の変化の潮流が見えて来て、近々4分野で(相互に連関した)分岐点に到達するというのが主張。その4分野と、各々のポイントが下記。

 

1)経済

 米国一極集中が終わり、米中を含む多極化時代がやって来る。EU、インドらが加わるが、共産党指導力と個人情報を全て政府が握った中国の躍進が顕著だとある。国際法は欧米型で作られていて、インドはこれに乗れるが、イスラム圏や中国は法体系が違うので受け入れにくい。イスラム圏経済はそのまま終わるが、中国は自前の国際法を持ち出して挑戦するだろう。

 

2)科学技術

 世界のエネルギー問題は、核融合技術の確立が今世紀中に起きて全て解決する。再生可能エネルギーへの投資はムダになるが、核融合までのつなぎとしてやむを得ない。覇権に関係するのが量子技術と宇宙技術。どちらも中国に一日の長がある。

 

        

 

3)軍事

 近々ある米中対立の結果で、世界の勢力図が塗り替わる。中国は台湾に上陸して一部を占拠しようとし、米国はそれを阻止しようとする。ただし、両国とも核兵器は使用しない。サイバー戦争は当然実施されるが、AI兵器(ロボットら)の戦闘については、不透明だし規範整備も不十分。

 

4)文明

 新大陸(米国)は、4大文明が歩んだ時代をすっ飛ばして現代に来た。人口密度が低く資源も豊富なので優位にあったが、帝国主義化する旧大陸国の反撃を受ける。

 

 議論の前提や文明、軍事の歴史などに特に異論はないが、どうしても「西側」の視点で将来を考える傾向にあるので、日本語で中露に詳しい人の意見が読めるのはありがたい。鵜呑みにはしないけれど、こういう見方もあると覚えておきましょう。