新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「御前」と呼ばれる探偵

 以前傑作と名高い「ナイン・テーラーズ」を紹介したが、ドロシー・L・セイヤーズの作品はほかに読んだことが無かった。アガサ・クリスティーに匹敵するとの評価もある女流の大家だが、日本での紹介(翻訳)は進んでいなかったからだろう。現在は創元社やハヤカワで作品の多くは翻訳・出版されているようだ。僕にしてみれば未開の大地が登場したようなものである。早速、デビュー作「誰の死体?」を探して読んでみた。

 

        f:id:nicky-akira:20190426175053p:plain

 
 発表は1923年、クリスティに遅れることわずかに3年。クリスティが、ベルギーからの亡命者で怪しげな英語を話すエルキュール・ポアロや、冒険好きだがカネのないトミー&タペンスを主人公に据えたのに対し、セイヤーズのレギュラー探偵はピーター・ウィムジー卿。デンヴァー公爵家の次男で、誰もが憧れる存在である。
 
 第一次世界大戦の影は本書にもさしていて、ライフル旅団の少佐としてドイツ軍と戦った彼は、今もドイツ兵の浸透戦術や砲撃の夢にうなされ奇矯な行動さえとる。いわゆるPTSD(心的ストレス症候群)である。彼は発作のたびに、戦後も付き従ってくれる従僕バンター氏(戦争当時は軍曹)に援けられる。貴族=士官、平民=下士官を絵にかいたような関係である。
 
 バンター従僕のほか周りの人は、かれを「御前」と呼ぶ。時代劇チックな翻訳だが、雰囲気はぴったりしている。警視総監が母親の親友でありすでに何度か事件解決に協力したこともあって、ピーター卿は知りあいの家の浴室で身元不明の死体が見つかった事件に介入する。一方裕福なユダヤ人商人が行方不明になっているのだが、死体は彼に似ているとはいえ別人である。不可思議な状況の中、ピーター卿は犯人を追い詰め、ついに1対1で対決する。
 
 なかなか面白いミステリーで、デビュー作同士を比べたらクリスティーより上手いと思えるところもある。探偵役の生活態度などは、S・S・ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンス探偵がモデルにしたような気もする。ピーター卿ものは、引き続き書店で探してみましょう。