ミステリーというと、やはり主役は英米。フランスはミステリーの舞台になることは多いが、作家については日本に紹介されたものは少ない。悪女もので知られるカトリーヌ・アルレーやサスペンスものが得意のセバスチャン・ジャプリゾなどは知られているが、本格ミステリーとはいいがたい。国民性を表す慣用句として、下記のようなものを聞いたことがある。
◆お勧めできる相手
イギリス人の会計士、ドイツ人の警官、
イタリア人のウェイター、フランス人の料理人
◆お勧めできない相手
イギリス人の料理人、ドイツ人のウェイター、
イタリア人の会計士、フランス人の警官
今回は、フランス人の警官をご紹介したい。
ジョルジュ・シムノンは、メグレ警部を主人公に多くの(多分50編を超える)ミステリーを書いた。「男の首」と「黄色い犬」は、日本に紹介されたうちの代表作で、比較的短いページ数なので1冊にまとめられている。いずれも後年の基準から言えば、少し長めの中編という枚数である。
メグレ警部(のちに警視)は、上司の信任が厚い有能な警察官である。「男の首」では、死刑判決を受けた囚人を無罪だとにらみ、意図的に脱獄させて泳がせ、真犯人をあぶりだそうとする。まさに自分の「首」を賭けた捜査だが、このようなことができるというのは驚きである。彼はさまざまな圧力をうけながら信念をつらぬき、真犯人を挙げる。
「黄色い犬」でも、ある地方都市で続発する殺人・殺人未遂事件を早く解決せよとの政治的圧力をものともせず、未遂事件のひとつは自分が犯人だと発言(これはウソだが)するなど破天荒な捜査で真相を暴く。共通するのは、人間に対する深い洞察と愛情のようだ。
メグレ警部は捜査中も葉巻を手放さず、ときおりスピリッツを飲みながら捜査を指揮する。彼はやはり「フランス人の警官」なのだろう。