おなじみ浦上伸介シリーズの比較的初期の作品(1986年発表)の本書だが、浦上や先輩格の相棒「毎朝日報」の谷田編集長が大好きな将棋の世界の事件である。浦上はアマ二~三段、谷田は四段で将棋クラブに通う棋力。今回の事件の中心人物たちは、それをはるかに凌ぐセミプロたちである。
「真剣師小池重明」という作品で、団鬼六は賭け将棋の世界を紹介している。一局何十万円(あるいはそれ以上)という大金を賭けて、勝負に臨む連中のことだ。もちろん違法である。日本棋院など公認のプロ棋士とは違い、普通の仕事のかたわら賭け将棋をしたり街の将棋クラブに巣食ったりしているという。その勝負への執念や粘りはプロ棋士も一目置くとも伝えられる。
横浜の「柿尾道場」の四天王(三木、戸倉、横光、久我)は、神奈川県代表(もちろん非公式だが)の真剣師。今回、宝塚と天童で同一日程で開催される大会に、2人づつのペアで参加することになった。しかし天童に向かったペアのうち、戸倉は山形で久我は仙台で、同じようにホテルの部屋で絞殺されているのが見つかる。その晩、三木はまだ横浜にいて、横光は宝塚で初日の勝負を終えていた。
仙台と山形を結んでいるのが仙山線。浦上は仙山線に乗って、戸倉と久我の事件がどうつながっているのかを考える。僕もこの線には何度か乗ったことがある。山間を1時間半ほどかけて走るローカル線だ。山形の先には、将棋コマのメッカ天童がある。学生時代友人たちとこの地方を旅した時、将棋好きの友人が「天童には絶対行く」と言っていたのを思い出す。
まだ山形新幹線はなく、東北新幹線も上野発だったころの作品で、上野駅の乗り換えが不便だったことも(作者らしい)トリックとして出てくる。鉄道とダイヤル発信の固定電話を使った細かなトリックの組み合わせで長編が成り立っていて、大技一発とは違った味わいである。