新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「週刊広場」名コンビの誕生

 1990年発表の本書は、ご存じ津村秀介のアリバイ崩しもの。なかなか手に入らなかった1冊で、このシリーズでは重要な意味を持つ作品である。というのは、前作「浜名湖殺人事件」で被害者となった父親の無念を晴らした女子大生前野美保が、レギュラーとして加わることになったからだ。

 

 酒好き将棋好きが取り柄の浦上伸介と谷田実憲のコンビでは、犯行の背景やアリバトリックは面白くても「華」がない。TVドラマでは「弁護士高林鮎子:主演眞野あずさ」に主人公を置き換えられてしまった。伸介の相棒として1作だけ登場した女性記者もいたが、定着しなかった。しかし本書では前野美保が「週刊広場」のアルバイトに応募して採用され、フリーライターの伸介とコンビを組んで事件にあたるようになる。早速周りから、「浦上ちゃんより時刻表調べるの早いね」と褒められている。

 

 陸羽西線古口駅からさらに奥に入った最上峡、ここで横浜の女子学生が絞殺された。学生と言っても医学部を卒業し、医師の国家試験の合否待ちをしているゴールデンウィーク中の悲劇だ。美人で裕福な家の娘、結婚間際の恋人もいるという幸福の絶頂だった彼女が、なぜ殺されなくてはいけないか?

 

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 一方その恋人というのも中堅企業の社長の息子、今は父親の会社で営業部次長を務めている。女出入りは激しいものの、被害者を愛していたはず。ただ恋人自身は上高地に山歩き仲間と遊びに来ていたが、行方が分からない。最上峡で被害者と目撃された男は、恋人とよく似ていた。

 

 2人が横浜在住だったことから「週刊広場」は伸介を担当させることにし、美保をアシスタントに付けた。伸介は最上峡から上高地に廻るが、そこで恋人だった男の死体発見に遭遇する。お馴染み淡路警部や谷田、伸介らの捜査線上に浮かんだ男は、最上峡の事件の時は上高地にいたとアリバイを主張する。

 

 最上峡も上高地も、ただでさえ交通不便なところ。都会から往復するだけでも面倒なのに、その2地点を限られた時間で往復しなくてはならない。陸羽西線など日に何本も列車がないし、上高地にはマイカー規制もあってアリバイ崩しは難航する。

 

 このアリバイには参りました。土地勘もなく適当な空港も見当たらない。ただ本筋ではなく面白かったのが世相、ちょうどバブルの真っただ中で富裕な被害者2人の家庭では、普通に海外旅行や豪華客船の話をしています。そう、あのころ本当に景気良かったですね。