新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

大酒のみで気弱な若者

 これまで何冊も紹介しているが、本書も津村秀介の「浦上伸介もの」の未読の1冊。アリバイ崩しの名探偵浦上伸介は、作者の第五作「山陰殺人事件」でデビューし、本書(1985年発表)でレギュラーの地位を確立した。そんな記念すべき作品なのだが、長年手に入らなかったもの。日焼けして装丁は擦り切れていたが、見つけて嬉しかった。後年の相棒前野美保はまだ登場せず、将棋好きの先輩谷田実憲と「酒飲み探偵団」でアリバイ工作に挑む伸介である。

 

 横浜の商社「大塚貿易」の社長大塚国蔵は、ワンマン経営者。戦争中は特務機関にいたらしく、事業を興した資金の出所もグレーだ。10人ほどの小さな会社だが、業績は上向き。2人の息子を子会社の社長と本社の役員にして、羽振りは良い。ただ人使いが荒いせいか、社員の入れ替わりは激しい。長井という気弱な青年が一番長く勤めているが、それでも2年そこそこ。

 

 大塚社長は長井を連れ名古屋に出張に出かけるが、何者かに2,500万円の現金を強奪されてしまう。偽電話で呼び出された長井がそばを離れていた間に、クロロホルムを嗅がされてしまったのだ。

 

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 事件は大きく報道され、<週刊広場>では伸介が担当することになった。強奪犯は社長の行動を熟知していたと思われ、社員たちが容疑者となる。社長の秘書役である経理部の和代や長井がまず疑われた。伸介は長井を尾行するうち、彼が和代と一緒に会社を退勤しながら、伊勢佐木町あたりで一人で深酒する毎日であることを知る。足元がおぼつかなくなるまで呑み、鹿嶋田の自宅に帰っていく。

 

 こんな気弱な青年がなぜワンマン社長の側にいられるかと言うと、どうも彼は社長がどこかで産ませた子供らしい。さらに社長には福岡に2人の婚外子がいることも分かったのだが、今度は社長が刺殺されてしまった。凶器に掌紋が残されていたことから長井が逮捕されるが、伸介は(酒飲みのシンパシーで?)彼が無実だと信じる。谷田までが長井犯行説を採る中、伸介は捜査を続け一人の社員が怪しいとにらむ。しかし彼には鉄壁のアリバイがあった。

 

 いつものアリバイものながら、方々に婚外子を作る野放図な大塚社長と、それを恨む子供たちの相克がテーマです。作者が<週刊新潮>で事件ものを担当していたころに、このような事件があったのでしょうか?