新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ウクライナ、1993

 1987年「オールド・ドッグ出撃せよ」でデビューしたデイル・ブラウンは、もともと米空軍のテストパイロット。本書にも出てくるF-111の多くのバリエーションに航法士として搭乗経験がある。デビュー作はその経験を活かしたもので、その精緻な航空機の運用描写は、高い評価を受けた。


        f:id:nicky-akira:20190503154408p:plain

 
 その後もいくつかの空軍ものを書いていたが、本書の前後から国際情勢についての知見が豊富になってきている。その代表的なものが本書である。舞台はウクライナとトルコ、ロシアとウクライナの紛争がすでに現実のものになっている現在を予見したような作品だ。
 
 ウクライナルーマニアの間にモルドヴァという地区がある。ここは第二次世界大戦前はルーマニアの一部だったが戦後ソ連に接収されている。僕の記憶では、ベッサラビアルーマニア側は呼んでいたはずだ。ここにもロシア人は多く、クリミア半島と並んでロシアが取り返したい土地である。
 
 ロシアではエリツィンを追い出した現大統領が強硬路線を取り、モルドヴァを巡ってウクライナとロシアの緊張が高まる。米国ではブッシュ(父)の後を継いだ民主党の大統領が軍縮を推し進め、国際情勢を顧みない。そんな中、ウクライナ軍のトゥイチーナ大尉は侵攻してきたロシア軍の爆撃機を撃墜する。
 
 その報復に、ロシアはウクライナの空軍基地などを中性子爆弾で攻撃する。設備にはほとんど影響を与えず、強烈な放射能で生物だけを殺す核兵器だ。被爆者は被爆後しばらく経って死んでゆく。恋人を失ったトゥイチーナ大尉は復讐に燃え、生き残った空軍を率いてトルコへと逃れる。一方米軍では、湾岸戦争イラクでサダムに核攻撃を命じられたメイス中佐や、彼を救ったファーネス少佐は予備役となってRF-111Gヴァンパイア部隊にいたが、トルコへの進出を命じられる。
 
 上下800ページの大作ながら、上巻はイラクでのエピソードが1/3、RF-111G部隊の訓練の模様が2/3ともりあがらない。地味な航空機運用のシーンが延々続き、マニアでない読者は鼻白むだろう。しかし下巻の後半200ページはさすがの迫力、ロシア空軍のトルコ艦隊への攻撃や、ロシア艦隊へのウクライナ・米連合軍の攻撃はリアルだ。
 
 特に米軍の核兵器の扱いについて、詳細な記述が勉強になった。作戦行動から帰り心に衝撃を受けた搭乗員は、負傷していなくても核兵器を積んだ機には乗せないなど厳密な運用ルールが守られている。「大統領は核兵器の使用を命令できるが、ストップをかけられる人間(補佐官や前線指揮官等)はいくらでもいる」と空軍司令官は言う。本書のように核が運用されているなら、トランプ先生が核のボタンを持っていても安心ですね。