新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

桂冠詩人セシル・デイ・ルイス

ミステリーのカタログや裏表紙などに、簡単な内容紹介が載っている。これが、書籍を買うかどうかの判断材料になることは多い。本格ミステリー好きのNINJA青年は「xxミステリー100選」などという書評とともに、内容紹介文を見て購入する優先順位をつけていたから、本格小説っぽいものから買ってくるのは当然のことだった。

 
 本書「野獣死すべし」は書評での評価も高く当然優先順位の上位にあるべきだったが、内容紹介が悪かった。一人息子をひき逃げされた推理小説家が、犯人に復讐する話だと書いてある。しかも作者はイギリスの桂冠詩人だという。詩人というものが良く分かっていない上に、桂冠詩人ってなんなんだっけというわけだ。

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 作者セシル・ディ=ルイスはアイルランド生まれの詩人、ニコラス・ブレイク名義で20作ほどのミステリーも書いている。本書の発表は1938年、ヒトラーが欧州を不安に陥れていたころで、それからずっと後1967~1972年の間にイギリス詩人のうちでも王室の役職という最高の栄誉「桂冠詩人」の位に就いている。
 
 それはともかく、ひき逃げ犯を追う父親の復讐譚と思っている僕は、なかなか本書に手をかけなかった。それでも読み始めてみると、書評の評価は間違っていないと感じた。300ページのうち、最初の100ページあまりが復讐に燃える推理作家フィリクス・レインの手記である。息子を亡くした悲しみから、ひき逃げ犯を探すための個人捜査、容疑者を見つけてその家族に接近するプロセスが重厚な筆致で描かれている。
 
 このあたりの表現は、訳者の功績もあろうがなまなかな作家の及ぶところではない。作家の希望や絶望をリアリティのある心理表現で顕わしている。そして事故に見せかけた復讐計画を実行する日の朝までで、手記は終わっている。残り200ページは一転して本格ミステリー。レインは復讐に失敗するのだが、その夜相手は毒殺されてしまう。当然、レインは容疑者となるのだがレインの要請で、私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズ夫妻が乗り出してくる。ナイジェルはブレイクのレギュラー探偵で、聡明だがアクが強くはないある意味普通の「イギリス風名探偵」である。
 
 ロンドン警視庁のやり手ブラント警部とナイジェルは、レインの手記も入手し被害者の家庭周辺にある憎悪に目を向けて捜査を始める。この後の展開は立派な「Who done it?」ミステリーである。裏表紙の内容紹介にだまされたおかげで、今まで名作を読まずにすみました。これは逆にありがたいことですね。