新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

主役の陰に隠れる名探偵

 英国ミステリー界の重鎮、クリスチアナ・ブランドの代表的な短編を集めたのが本書。作者は日本のミステリー読者にはあまりなじみがないかもしれないのは、それほど多作家でもなく、邦訳されたものはもっと少ないからかもしれない。

 

 レギュラー探偵として一番多くの長編に登場するコックリル警部にしても、「緑は危険」「ジュゼベルの死」「はなれわざ」など6作にしか登場しない。小柄で中年、特に目立ったところのない名探偵で、読者への印象が薄い。本書にも何作か登場するが、事件の中盤以降しか登場しないことが多く、犯人の側から犯行からその破綻までを描く倒叙仕立ての作品も多い。コロンボ警部ほどアクが強くないのがうらみである。

 

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 本書に収められている短編のうちで、老弁護士が密室で殺される「ジェミニー・クリケット事件」や、身内の結婚披露宴で毒殺される富豪の話「婚姻飛翔」の2作は極めて評価が高い。いずれも本格ミステリー流のトリックが使われていながら、単なるミステリーを超えた深い味わいを持たせているのが特徴だ。

 

 テクニカルには、性格描写を徹底することがブランドの持ち味。各作品にかなり特異な人物が出てきて、その「狂気」というか「偏向」というか考え方や行動が示される。従って、犯人のことも被害者のこともある主役には、高齢者が多い。長い人生の積み重ねや、過去の激しい何かの経験でできあがった性格が事件の背景であり物語の中心なのだ。

 

 だからレギュラーたるコックリル警部は、その陰に隠れてしまっているわけだ。それでも不思議な魅力のあるブランド作品、今度は長編を探してみましょう。