新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

圧巻の山岳冒険ストーリー

 冒険小説の重鎮ジャック・ヒギンスの諸作は大好きでまだ何作か残っているのが楽しみなのだが、彼が「比類なき傑作」と評したのが本書である。ボブ・ラングレーという作者の名前は何度か聞いたことがあるが、読むのは初めてだろう。背景や主人公を代えた10作あまりの冒険・戦争小説があり、半分くらいは邦訳されているようだ。

 
 物語の舞台はアイガー北壁、クライマーが目指す難関のひとつ・・・というより聖地といってもいいところ。原題にもなっている「Traverse of the Gods」(神々の横移動場)で、クライマーがドイツ軍人の死体を見つけたことから第二次世界大戦中ここでナチスが作戦を展開していたことがわかる。死体はエーリッヒ・シュペングラーと記された騎士十字章(表紙の絵)を持っていた。シュペングラーは戦前有名なクライマーだったが、機甲師団下士官として各地を転戦した英雄でもある。

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 時間は1944年に戻り、ヒトラーの極秘任務が描かれる。特殊部隊の司令官スコルツェニー少佐が、シュペングラーらのクライマーを集めて登山の訓練を始める。その中には、クライマーでもあり糖尿病専門の女医ヘレーネも加わっていた。彼らの任務はユングフラウヨッホ頂上近くの研究施設で進められている米国の原爆開発計画を、主任研究者のラッサー博士とともに横取りすること。当然スイスやアメリカの警護兵はいるので、登山能力の高い軍人で奇襲する作戦だ。またラッサー博士は糖尿病患者なので、連れ帰るには専門医が必要だった。
 
 シュペングラーを指揮官(少尉に昇進している)とした部隊は、ユングフラウにグライダー降下し首尾よくラッサー博士を拉致する。ユングフラウヨッホまではアイガーの山腹をくりぬいた鉄道が走っていて、彼らはそのトンネルを下るのだがクライネシャイデックから登ってくる警護隊に阻まれてトンネルを出、吹雪の中アイガー北壁を登ることになる。そこではすでに敵は警護隊や応援の米兵ではなく、山そのものである。シュペングラーは全員に武器を捨てさせ、死力を尽くして山に挑む。
 
 普通書評が「傑作」と言っても「???」のこともあるのだが、本書は確かに傑作である。大事な原爆開発研究をドイツ人の多いスイスでやるとは思えないし、山岳知識のない僕には少々クライミングの描写が精緻すぎるのだが、それを補ってあまりあるサスペンスフルな展開に感動した。ミステリーではないのですが、「意外な結末」にもすっかりやられました。この作家、もっと読みたいです。