新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ダルグリッシュ警視の影

 世評の高いミステリー作家でも、僕個人が苦手にしている人は何人かいる。その中で代表的なのが、本書の作者P・D・ジェイムズ女史(Phillis Dorothy James)。生涯で20作ほどのミステリーを書き、3度英国推理作家協会のシルバーダガー賞など多くの受賞歴があり、大英帝国勲章中等勲章士・一代限りの女男爵(Baroness)称号を送られている。

 

 文章が非常に美しく、イギリスの特に田舎町の情景に定評がある。実は僕の苦手なところがここなのだ。大学時代に、シルバーダガー賞受賞作「黒い塔」を読み始めた。巻末の解説には「50ページを我慢して読み続けると、その後視界が開ける」とある。僕は50ページの我慢が出来ず、「黒い塔」はめったにない「読み切れなかった本」となってお蔵入りした。

 

 したがって、名探偵アダム・ダルグリッシュ警視にはお目にかかっていなかった。ちょっと変化球をと思って、もう一人のレギュラー探偵コーデリア・グレイのデビュー作である本書(1972年発表)を手に取った。翻訳者が「弁護側の証人」の作者でもある小泉喜美子だったことも、読んでみようと思った動機の一つだ。

 

 22歳のコーデリアは元刑事のバーニイの探偵事務所で働き始め、すぐに共同経営者になった。しかし癌を宣告されたバーニイが自殺してしまい、彼女は一人で探偵事務所を続ける決意をする。そこに持ち込まれたのが、科学者カレンダー卿の息子が自殺した件で動機を探ってくれというもの。

 

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 マーク・カレンダーは優秀な大学生だったのに突然中退、庭師の家に住み込んで修行を始めた。しかし数カ月で首つり自殺したというもの。コーデリアは彼の死の背景を探るうち殺人ではないかと思い始める。

 

 コーデリアはバーニイに教えてもらった捜査法を忠実になぞるが、それはバーニイの上司だったダルグリッシュがかれに教えたものだった。コーデリアは会ったこともないダルグリッシュ警視の影に導かれて捜査する。確かに情景描写などが長く、章の区切りも極端に少なくて読みにくい。それでも我慢して読み続け、最後の20ページで突然登場する警視に会えた。

 

 コーデリアは警視への想いと恨みを爆発させ「バーニイを追い出しておき、葬式にも来なかった」となじる。この部分、訳者は翻訳しながら涙が止まらなかったという。うん、確かに面白かったです。苦手ですが、もう少し作者の本を探してみましょう。