ミステリー作家というよりは、歴史家と言った方が井沢元彦という人を正しく表すかもしれない。デビュー作「猿丸幻視行」からして、SF的な手法も入れながら豊富な歴史考証を背景にしたものだった。一般のミステリー読者にはあまりなじみのない国文学者折口信夫を主人公のひとりに据え、柿本人麻呂らとからめた興味深い作品だった。
本能寺で横死するまでの50年の生涯で、信長最大の敵だったのが一向一揆の総本山石山本願寺である。一向宗は狂信的な仏教の一派で、戦国時代に猛威を振るった。加賀ではほぼ一国を支配してしまったし、三河では徳川家康すら負傷させられている。信長もこれには手を焼き、伊勢長島ではすべてを焼き尽くすほど厳しい措置をとった。
現在の大阪にあった本願寺は10年以上信長の攻囲と戦った。ハイライトは本願寺に補給物資を運び込む村上水軍とこれを阻止しようとする九鬼水軍の海戦であり、本書も村上水軍に九鬼水軍が圧倒された第一次木津川口海戦で幕を開ける。
村上水軍の投擲型の焼夷弾(焙烙玉という)にやられたことから、鉄甲船の開発配備を信長は命じる。この開発プロジェクトに対して毛利の工作員が破壊工作をし、最後は信長の命さえ狙う。これを信長とその配下(森蘭丸、滝川一益、九鬼嘉隆)らがどうしのぎ、戦うかというのが本書のメインストーリーである。
ミステリーとして暗号やスペインのギャロットに似た凶器のトリックなどがちりばめてあるが、これらはマニアにとっては難しいものではない。それより、戦国時代を背景にしたIF小説として肩ひじ張らずに読むのがいいでしょう。