新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

メガバンク勤務経験で得たもの

 今を時めくベストセラー作家池井戸潤のデビューがミステリーだったことは、つい最近知った。1998年「果つる底なき」で、江戸川乱歩賞を受賞している。慶應義塾大学卒、三菱銀行勤務を経ての作家デビューだった。デビューー作含め有名な半沢直樹シリーズなど銀行を舞台にしたものが多い。本書もそんな銀行ものの一冊で、2001年から週刊現代に連載された後単行本化されたものである。

 

 帝都銀行本部総務部に置かれた特命担当である、指宿修平と唐木怜が主人公の短編集だ。特命担当には通常の銀行員があまり遭遇しない、さまざまな事件が持ち込まれる。銀行の法人客情報が秘かに売りに出されていたり、女子行員がAVに出演すると予告されたり、果ては支店長の妻子が誘拐され身代金を要求されるれっきとした刑事事件までが守備範囲だ。

 

        f:id:nicky-akira:20190901154110j:plain

 

 いずれのエピソードにも、顧客たる企業の後ろめたいところや、銀行内の人的/組織的確執が含まれている。前者としては、企業は3つの決算書を作るというものがある。

 

 ・赤字決算 税務署用

 ・とんとんの決算 取引先用

 ・黒字決算 銀行用

 

 僕自身は財務部門の仕事についてはほとんど知らないが、なるほどこうしているのかと感心した。人によっては「粉飾決算」と言うだろうが、よくあることらしい。銀行内の確執としては、主人公たちの総務部特命担当をうるさく思った幹部が、人事部特命担当を作って主人公たちを追い詰める話があった。

 

 TVドラマになった半沢直樹シリーズでも銀行内のどろどろした確執や旧態依然とした人事制度などが描かれていたが、確かに僕がつきあったメガバンクにはそういう印象を持たせるものがあった。中でも旧財閥系で自負心の強い三菱銀行には、その傾向が強かったと思う。今のBTMU(三菱UFJ銀行)は事実上4銀行の合併であるし、時代も違うので今でもそうだとは思わないが・・・。

 

 本書は作者がまだ作家稼業をはじめて間もないころの作品だが、ストーリーテリングの巧みさはこのころからあったようだ。加えて読みやすい文体もあり、なるほどベストセラー作家になれる器だなと思わせるものでした。