これまでに3大捕物帳(半七・銭形平次・人形佐七)を紹介してきたが、もちろんこれら全ては男性作家の手になるものだ。「むっつり右門」「若さま侍」に範囲を広げても、これは変わらない。しかし、女流作家平岩弓枝は「はやぶさ新八」シリーズを書いている。作者はもうひとつ「捕物帳」を書いていてそれが、本書などの「御宿かわせみ」シリーズである。
このシリーズは純粋な「捕物帳」ではなく、江戸の風物詩を300編ほど綴ったものだが、相当の割合でミステリー要素を含んでいる。本書は300編の中から、ミステリー色の強い作品7編を選んだアンソロジーである。
江戸町奉行所与力の家の次男神林東吾は、道場の師範代も務める剣の遣い手。幼馴染の定町廻同心畝源三郎を助けて、江戸の町に起きる事件解決に乗り出す。後に妻となる1っ歳上の恋人るいも、八丁堀鬼同心の娘。大川端の旅館「かわせみ」を経営しているが、従業員にも奉行所関係者が多い。
作者は「御宿かわせみ」執筆の動機について、「クリスティが好きで、特に彼女のトリックが好きだった」と答えている。他のミステリー作家はそれほど読んでいないとのことだが、ポアロもマープルも好きということだから、クリスティのストーリーテリングが気に入っていたのだろう。
しかし現代ものでミステリーを書こうとすると、どぎつくなるので時代を江戸後期にしたのだろう。当時は科学捜査もあまりなく、バイオレンスも少ないから30~40ページの短編ものを、余計なことを考えずきれいにまとめることができるわけだ。写真も指紋もないから、人間のすり替えが容易だった。だから何作か、この種のトリックが使われている。
もちろん江戸情緒、特に四季の美しさやそれを背景とした人間模様については、まさに「平岩弓枝ワールド」と言えるほどに生き生きしている。僕は小説で「御宿かわせみ」を読むのは初めてだが、NHKの水曜時代劇で放映されたものは見ている。ドラマでは主人公は東吾からるいに移っていて、
庄司るい 真野響子
神林東吾 小野寺昭
畝源三郎 山口崇
というキャストだった。どうしても文字を追うより映像の方がチラついてきましたが、懐かしさは十分でしたね。