新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

マニピュレーションの研究

 本書の作者深谷忠記の作品を、ずいぶんたくさん紹介してきた。とはいえ著作は80冊を越えているので、その何分の一に過ぎないが。作者はもう80歳に近いはずだが、なかなかの健筆である。2010年代になってから、「文庫書下ろし」が目立ってきた。以前紹介した、

 

・遺産相続の死角 東京~札幌殺人ライン

・愛の死角 京都~東京殺人ライン

 

 と同様に本書も「文庫書下ろし」である。本書ではほんの少ししか登場しないのだが主人公(であるはず)の数学者黒江壮と美緒は、2013年の「奥の細道 不連続殺人ライン」でついに結婚した。この時点では壮は36歳、大学の准教授になっている。

 

 斎藤栄にも「Nの悲劇」という作品があったが、これは野口英世の死因に迫るもの。副題はあるものの、あえて同じタイトルをつけた作者の意図はわからない。何か別のイニシャルにもできたはずなのだが。

 

 結婚しても雑誌の編集者をしている美緒は、金沢に住む新進作家西崎彩を訪ねて、彼女のもとに送られてくる「The Judge」と名乗る手紙について相談を受けた。彼女に害をもたらした人間を処刑するという。

 

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 立川のラブホテルで殺された産婦人科医の現場には、「死刑執行!」と書いたカードが残されていた。捜査を担当する勝部長刑事は、高校中退・大検合格・医学部から医師になる複雑な学歴を持っていることを知る。さらに調べると被害者は高校時代に同級生を刺し殺し、少年刑務所に入っていたことが分かる。その同級生とは西崎彩の兄だった。

 

 医師になってからも何件かの医療事故があって、嬰児を殺されたと恨んでいる女がいることも分かった。その女を追う勝部長刑事らだが、彼女は水死体となって発見される。

 

 本書のテーマは「マニピュレーション」である。「The Judge」と名乗る犯人は、医師に恨みを持つ女をあやつり殺人を実行させる。さらにもう一段のマニピュレーションを作者は用意していた。下敷きにしたのはエラリー・クイーンの代表作「Yの悲劇」。クイーンはこの作品だけではなく、特に晩年にはマニピュレーションを多用した。

 

 面白い設定の作品でしたが、黒江准教授の関与がほんのちょっぴりだったのが寂しかったですね。まあ彼の「天才」よりは勝部長刑事の地道な捜査が向いた事件だったように思います。