新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ベーブ・ルースの記録を破るもの

 作者のポール・エングルマンは大手雑誌の編集者、本書(1983年発表)がデビュー作である。舞台は1961年のニューヨークで、主人公の私立探偵マーク・ペンズラーは、マイナーリーグ二塁手だった男。ニューヨークを本拠地にしたメジャー球団ジェンツへの昇格を夢見ていたが、試合中の死球で片目を失い引退を余儀なくされた経歴を持つ。

 

 1961年のシーズン、NYジェンツは順調にペナントレースを戦っていた。打線が好調で、4番のジャコーが年間50本ペースで本塁打を打っているのだが、3番のマービン・ワレス左翼手はそれを上回る本塁打を打ち、年間60本というベーブ・ルースの記録を塗り替えるのではないかと期待されている。

 

 そんな中、ペンズラーはジェンツのオーナーに呼び出された。私立探偵としての彼への依頼は、ワレスへの脅迫者を見つけ出してほしいというもの。ジェンツの監督のところに、「ワレスを試合に出すな。事件が起きるぞ」との手紙が届いたのだ。日本でも王選手の年間55本の本塁打記録を破りそうな選手が出てきて、その選手や球団に脅迫文書や電話がかかった事件があったが、モチーフは全く同じだ。

 

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 ペンズラーは球団の遠征にも帯同して脅迫者の正体を探り始めるが、球団内部にもワレスと仲の良くない者たちがいることを知る。ある時かかってきた脅迫電話は、遠征先のホテルの内部からのもので、球団関係者が絡んでいるらしい。さらに球団周辺で賭け屋の男が2人、バットで殴り殺される事件が起きる。凶器は大リーガーが使う特殊なバットだ。どうもワレスが新記録を達成するか否かで、巨額の闇賭博が行われているらしい。

 

 一時期脅迫の影響もあって不調だったワレスも、ついに53本まで本塁打記録を伸ばした。残り24試合で8本打てば新記録だ。ペンズラーは賭け屋を殺した男を見つけて捉まえるのだが、事件には大きな黒幕がいて、原題「Dead in Center Field」にあるような球場での暗殺計画が進行していた。

 

 アメリカ各地にあるスポーツ・バーで見かけるようにシーンやそこで交わされる(やや卑猥な)スラングがちりばめられていると見えて、翻訳文章に不自然な部分が目立つ。無理に日本語にしない方がよかった部分もありそうだ。ペンズラーは黒幕にとらわれながらも脱出してジェンツの窮地を救うのだが、このあたりの展開はややステレオタイプだ。事件そのものを追うより、1961年の良きアメリカだった時代の雰囲気を味わうにはいい作品でした。